追いかけて
小雨がぽつぽつと、降り出していた。
「反応せよ魔術」
何度目かも分からない魔法を使って、バイブルの行方を探す。
バイブルは—―はるか上空にいる。
「くそっ……ッ!!」
間に合え。間に合え。間に合え。
ここで彼女を逃したら—―きっともう一生会えない。
「そよ風転じて青嵐」
竜巻を、自分の足元に生み出す。ジェット噴射の要領で空へと飛び立つ。
頬を撫でる風は、どこまでも冷たい。
鳥になった気分に高揚もできず、バイブルの下へと進んでいく。
まさか、初めて空を飛ぶのが、異世界ではなく現代だなんて。
暗雲に覆われた景色ばかりで、平衡感覚がなくなってきた頃――ようやく、見えてきたものがあった。
「蔓……!?」
地上から空へと梯子のようにそびえ立つ、巨大な蔓。
一瞬目をぱちくりさせてしまった。
種をまいたら蔓が急成長して雲の上に行けるようになった、なんて童話があったっけ。なつかしー。
と、和やかな気分になったのも束の間、すぐにはっとする。
「あ、あれでバイブルは……!!空に登るつもり!?」
よく見たら駆けあがれ若葉よじゃん。僕にも出せない凄まじい威力の—―
いや、今の僕なら同じことができるか?
「駆けあがれ若葉よ」
はるか下から、緑が湧き上がってくる。
そして、二本目の蔓の塔がそびえ立つ。
僕はそれを足場にし—―どんどん上へと、駆け上がっていく。
一面の雨粒が瞳に映る。全身に激しく打ち付けてくる雨が、僕の動きを妨げる。
「バイブルっ!!!!!」
びしょ濡れになった顔を歪ませて、声の限り叫んだ。
バイブルはすぐそこにいるのに。とても、とても遠い。手を伸ばしても届かない。
彼女と一緒のベッドで眠った時の言葉を思い出す。
『—―破滅させるから』
そんなこと絶対ない、と言ってやりたい。バイブルがいなければ、僕は小菊にも会えず、自分の才能を知らず、人生に絶望していただろうから。
その時、雲から降ってきた雨が、言葉を放った。
追ってくるな、と。
雫を介して声を伝達する魔法だ。霧になってきた雨のように、弱々しい声音だった。
諦めるもんか。例えバイブルが望んでいなくたって—―僕は彼女に会いたいんだ。
一方、小菊は。
「ここら辺かな……」
独り、学校の図書館にいた。終業した図書館に無断で侵入した小菊は—―詠唱する。
「英雄魔法」
ガゴッ、と異質な音が響いた。
本棚の壁の一部が開き、地下への階段を露わにする。
「『敵の影響下を抜ける』……これも、英雄の条件のひとつか」
小菊はとっくに記憶を取り戻していた。そして、普段通り振る舞う裏で、敵の魔法の解析を着々と進めていた。
「多分、空の上から脱出する、って簡単な話じゃないと思うんだよね。
そう……きっと、鍵が必要」
足音を響かせながら、小菊は階段を下りていく。その眼光は鋭く、騎士団の大和撫子と呼ばれるにふさわしい佇まいだった。
「そもそも変なのよね。バイブルが魔法を使えるなんて。
きっと……私たちの深層意識を取り込んでいるんじゃないかな」
誰に聞かせるまでもなく、小菊は顎に手を当てて呟く。
「こういう仮の世界を作るには、それなりのコストがかかるし……やっぱり、私たちの深層意識を利用するのが手っ取り早いか。
この高校を作り出したのは、私と緋雪の深層意識。なら……バイブルの深層意識も、どこかにあるはず」
そこで、小菊は足を止めた。
目の前には、大量の書物が置かれた――書庫。
「ふーん……ここ?」
小菊は興味深げに中へと入っていく。終わりの見えない本棚の間を進んでいき—―小菊は、導かれるように、ある場所で立ち止まった。
「バ、バ……ああ、バイブル?」
そう刻まれた、一冊の魔導書の前で。
そこは—―国家級の魔導書が肩を並べる、数百年前の書庫。
そして、バイブルが生まれた場所だった。
読んでいただきありがとうございます。
学校編も遂にクライマックス。コメディを全く挟めない内容のため、作者が息苦しくなり過呼吸を併発しています。皆さんもそうなっていませんように。
感想等をいただけるととても嬉しいです。




