選択の分岐点=魔法
グレードギゲル。
無数の仮面を全身に貼り付けたその魔物は、僕が初めて倒したボスキャラだ。
バイブルが呼び寄せたということは—―彼女はそれを別れの象徴にするつもりなのだろう。
そんなこと、させない。
彼女が与えてくれた魔法で、彼女を止める。
「そよ風転じて青嵐」
轟と、竜巻が地面から生える。
何故かは分からないけれど、超強化された僕の魔法。
きっと、グレードギゲルなんて瞬殺できる。
謎の自信が促すままに、手をかざす。
—―しかし、バイブルは。
「眠れよ人の器」
がくん、と体中から力が抜けた。視界が傾く。平衡感覚を失う。
倒れた。
あっさりと僕の動きを封じたバイブルが歩み寄ってくる。
「古代魔術の代償。
それは、自我がなくなり世界との境が曖昧になること」
重い空気が垂れ込める。沈黙が場を埋める。
バイブルは、人魂のようなものを、強く握った。
「この器には、貴様の自我が封じ込められている。
自我を失うたびに……魔法は強くなっていく」
哀しげに笑う女性の顔がまぶたに焼き付く。
そして。
「あ、れ……?」
ココは、どこだろう。海に漂っている、心地よい感覚がする。
何も思い出せない。目の前にたたずむ女性のことも、彼女の瞳に映る自分自身も。
「ワタクシができるのは、これっきりだ。
貴様の覚悟を、知るために」
覚悟?
言葉の意味が全く分からない。覚えているのは、詠唱文だけ。
けれど、口が動かない。意思が希薄なんだ。何がしたいのか、何をしているのか、何をしてきたのか。そんな疑問が渦巻いている。
自分は、誰のために魔法を唱えるんだ?
巨大な仮面の怪物が迫ってくる。長い爪だ。最後の光景も、他人事のようだった。
—―そこで、叫び声が聞こえなければ。
「緋雪いっ!!!!!」
はっと、した。
聞き覚えのある声音、僕の耳に反響する。ずっと聞きたくて、言葉を交わしたかった少女の声だ。
今は英雄になってしまった、遠い遠い同級生。
どうして忘れていた。
僕の願いはひとつだけだったのに。
小菊と、教室に戻りたい。
「目覚めよ人の器!!!!!」
自我を、バイブルの掌から取り戻す。
陽光と月光が混じり合って、発散された。
……それから―—小さな雫も、散った。
「ふふ」
片目から涙の粒を伝わせて、バイブルは自嘲気味に言った。
「貴様はやはり、ワタクシの英雄ではないのだな」
口を噤むしか、できなかった。
手を伸ばすことも、抱きしめることもかなわない。
代わりに、グレードギゲルを消し飛ばすことしか。
砂埃が立つ坂道に、バイブルの姿はなかった。
「小菊」
バイブルが去っていった道から目を離さず、僕は呟く。
「うん、行きなよ。迷うようなことがある?
私は、緋雪の……納得できるまで誰かを追いかけて、その人の優しさを蘇らせられるところが
—―一番の魔法だと思うよ」
僕は、小菊の言葉に頷き、振り返らずに駆け出した。
小菊の言葉も、魔法みたい。
「バイブル……貴方も、緋雪のそういうところが好きなんだね」
小菊の独り言は、暮れていく空に吸い込まれていった。
魔法を、唱える。
「反応せよ魔術」
微かに反応があった。
僕は町の高台を見上げる。そこでバイブルが、きっと待っている。
ただ、違和感があった。魔力の波長でだいたいの魔法の種類は分かる。
バイブルが使っている魔法は……
「駆けあがれ若葉よ……」
植物の根を召喚する魔法。
彼女の思惑を……この時の僕は、微塵も理解できていなかった。
その頃、バイブルは開けた高台で、膝をつき祈りのポーズをとっていた。
「スクリチャが作り出した世界なら……穴がある。脱出するための穴が。
なら……出口は、空か」
バイブルは天を仰ぐ。
彼女の足元から蔓が現れ、徐々に徐々に、天へと伸びていく。
読んでいただきありがとうございます。
今回は、魔法を使うごとに関係性がもとに戻せないほど変わっていくことを意識しました。
魔法って一種の呪いだと思います。




