夢に夢見る少年少女
高校に巨大竜巻を呼び寄せてしまった後、僕はそ知らぬ顔で教室に戻った。
戻るしかなかった。魔法の存在なんてゼッタイにばれないと信じているけど、罪悪感がそうさせた。
グラウンドを滅茶苦茶に破壊してしまったから……。ここが現実じゃないなら、ご都合主義でなかったことにされないかなぁ。
「午後の授業体育だけど、この分じゃ自習だね」
小菊がアンニュイな表情で窓の外を眺めている。隣の席に腰を下ろし、その綺麗な横顔に見惚れていると――
「緋雪」
いきなり背後のバイブルに襟を掴まれた。
「今日の放課後の約束、覚えているだろうな?」
そして、囁き声が耳朶を撫でる。
「や、約束?」
バイブルは微妙に明後日の方向を向いて、
「学校の周りを、案内してくれるといっただろう」
初耳。
その後、授業が全て終わり、下校の音楽が鳴り響く中。
「ほら緋雪、早く行くぞ」
鞄をひっつかんでセーラー服を翻すバイブルに続き、僕も教室を飛び出す。今更ながら、細身のバイブルに白いセーラー服がよく映えている。……調子に乗りそうだから、本人には言わないけれど。
一方、階段を二段飛ばしで下りていく僕たちと入れ違うように、廊下に現れたのは小菊。
「ん?あれ、千埜先輩、緋雪を見かけませんでした?」
「小菊ちゃん、それが……さっき緋雪君が別の女の子と帰っているのを見てしまってぇ……」
もじもじと指をいじる千埜に、一瞬で蒼白になった小菊が詰め寄る。
「いつ、どこで、誰と!?どうやって!?」
「階段にいました……多分今は正門にいるかと。
お相手は……小菊ちゃんのクラスの、留学生ちゃん?」
小菊は、世界の終わりに立ち会ったかのような悲愴な面持ちで叫んだ。
「か、駆け落ちッッ!????」
妄想はとどまることを知らなかった。
「……叫び声?」
「裏門から出て、商店街に行く……っておい、聞いているか?」
上の空だった僕は、バイブルに頬をつねられてやっとはっとした。
「……それにしても、この学校は良いところだな」
「そう?山の上にあって窮屈だけどね」
「貴様の大事な、居場所だろう」
一瞬――バイブルの後ろ姿が、異世界で見てきた彼女のものと重なった。
独り。超然としたたたずまいが、そう語っているようだ。
現実ではありえないけれど、バイブルと同じ制服を着て、同じ鞄を背負って、同じ靴で歩いている。
それなのに、埋められない何かがあるような気がした。
僕は人間で彼女は魔導書。
歩幅が違うんだ。きっと追い付けない—―そうやって俯いた直後、手を繋がれる感覚がした。
「クレープって、どんな味がするのかな」
……まぁ、バイブルが笑っているならどうでもいいや。
それからは、バイブルと一緒に町を歩き回った。
「緋雪、あの看板ってどうやって光ってるんだ?」
「あれが猫!?初めて見た……愛い!!」
「クレープ奢ってくれるのか?ふん、ワタクシへの捧げものか」
「ふむ、こうして見下ろしてみると、貴様の住む所もちっぽけなのだな。え?あの山の向こうにも都市がある!?さ、先に言え!」
「図書館とはこんなにも本があるのか。あ、向こうのが混ざってる」
「……緋雪、ありがとう。ここまで連れてきてくれて」
日が暮れかけ、徐々に暗くなっていく坂道で、バイブルはやっと足を止めた。
「お礼なんて、バイブルらしくないじゃん」
「……む、ワタクシのことをわがままだと……まぁ事実か。
緋雪、これは本心だよ。貴様は……優しいな」
バイブルは、寂しげに微笑んだ。僕のよく知っている仕草で。
「だから、異世界に向いていないんだな」
僕は、目を見開いた。不意打ちだった。
「……記憶が戻ったの!?バイブル、やっぱり本物だったんだ……」
「うん。これは、外部からの干渉だな。
全く、スクリチャの奴、余計な事しやがって……」
バイブルは嘆息した。そして。
「お別れだ。緋雪」
ゆっくりと、僕の胴に手を回した。
「……は?」
言葉を失う。疑問だけが浮かぶ。
「分かっていたんだ。貴様はあの学校に帰りたい。……小菊を連れて。
なら、ワタクシは貴様と別れなきゃいけないんだ。それが、今なんだ」
硬直する僕を他所に、バイブルは指を弾いた。
「最後に、見せてくれ。
貴様が、どれほど魔法を使いこなしてくれたのかを。
……バイブルを、どれだけ愛読してくれたのかを」
煙が立ち込める。
その奥から—―バイブルに教えてもらった魔法で、かつて僕が倒した、
グレードギゲルが姿を現した。




