偽りの学校
これは夢。魔法によってつくられた幻想だ。
異世界に渡り、魔法を習得し、『魔の主』を倒し、竜食い競争の大会で優勝した僕は
—―今、高校の教室にいる。
英雄になった小菊と、人の姿をした魔導書、バイブルと共に。
「今日は7日だから……7番の桔梗、この問題答えてみろ」
先生に当てられ、条件反射で慌ててノートを開く。そこには、紛れもない僕の字でつづられた、授業を受けた痕跡があった。
僕には身に覚えがないというのに。
「……どうした?桔梗、ほら答えを」
……しかし、授業を受けていなくても、受けていても、分からないものは分からないのだ。
対数って何だっけ?そんな詠唱あったっけ。もしかして魔導書レベル?
ほら、異世界じゃ数学なんて使わないから……
「(そうだ、何かないの、問題の解答が分かる魔法!)」
冷や汗をダラダラと流しながら、背後のバイブルに振り返る。
夢だから大丈夫?そんなの知るか!学生にとって赤点イコール死!!
—―けれどバイブルは、狐に包まれたような表情で、
「古代魔術?」
ごく普通に、当たり前を突きつけるように—―首を傾げた。
「知ら、ないの?」
おかしい。嘘を吐いているようには見えない。口調、仕草、眼差し、どれをとっても—―本物のよう。
「だ、だってバイブルは—―」
「おい桔梗。留学生に助けを求めるな。困ってるだろ」
「大丈夫だセンセイ。ただ緋雪が突拍子もないことを言ったから……」
「そうか?ならいいが……」
……頬をつねってみる。
今度は、ちゃんと痛い。
夢、じゃない?じゃあここは……
僕だけが取り残されている。異世界じゃないのに。僕が過ごしてきた、見慣れた世界のはずなのに。
体が震えていた。隣の席に座る小菊は、言った。
「私に聞いてくれればよかったのに。いつでも教えてあげるのにな」
まるで、異世界に旅立つ前の小菊だ。
僕は、嬉しくて、瞳が潤んで—―吐き気がした。
「緋雪、今日様子変だよ」
昼休みになって、小菊は僕の隣で弁当を食べ始める。後ろの席のバイブルと机をくっつけて。
「……そう、だよね」
「貴様、ずっと休んでいただろう。久しぶりの学校生活は大変かもな」
……大変なんてものじゃない。困惑しっぱなしだ。
緋雪が隣にいて、バイブルが笑っている。この上ない幸せな日常。……けれど。
その日常はこんなに簡単に手に入れられるものなんだろうか?
弁当をつまむ箸が、止まる。
僕は、居ても立っても居られなくなって—―駆け出した。
「緋雪!?」
「貴様、どこに行く」
二人の声を背に受けて、校庭へと走る。
確かめなくちゃ。
校庭の真ん中で。僕は空に向かって右手を掲げた。
そして、口ずさむ。
「反応せよ魔術!!!!」
魔法を感知する魔法。この状況下でも、僕の中に眠る詠唱は発動して
—―近くに魔法の気配を見出した。
魔法を使える。つまりここは—―現実に似た、現実と異なる何かだ!
証拠に、草むらから飛び出したのは、いつかの僕が倒した魔物、『リザード』だった。
僕は迷わず詠唱を唱える。
「そよ風転じて青嵐」
その瞬間。
地面をまっ平に抉る、超暴風が吹いた。
「……え?」
そして、凄まじい威力の竜巻が校庭に現れた。
サッカーゴールや照明まで、辺り一面のもの全てを巻き込んで、暴れ狂う竜巻が。
「……ええ?」
魔法を使える!わーい!と軽い気持ちで唱えたのに!こんな器物損壊罪ハンターになるために詠唱したんじゃない!!
……ドウシヨウ。
「わー!?なんだあれ!!校庭に巨大竜巻が!!!」
いつの間にか、大量の野次馬たちが窓から身を乗り出していた。
違います。僕がやったんじゃないんです。不可抗力です。
心の中で何度も謝罪を繰り返しながら、僕は吹っ飛んでいったリザードの行方を探す。
……ところが、魔法でも探知できない。大気圏に行ってしまったのかな……
実際、緋雪の予想は当たらずとも遠からずだった。
リザードは、この魔法で作られた箱庭の限界高度まで吹っ飛んでいき、天井にひびを開けたのだった。
箱庭を作った張本人、スクリチャは恍惚な笑みを浮かべた。
「……あの少年、まさかここまでの使い手だとは……
魔力のせいか。大量の魔力を持っている。しかも後天的に……。
ああ、竜食い競争のおかげだな。竜を食って魔力を得たのか……」
ひびを開けられた自身の箱庭を見つめながら、
「しかし……これで箱庭に取り込まれた住人たちの意識に隙間ができるだろう。
……彼女らは、いつ気付くかな?
そして、何を選ぶのだろう」
人の感情を理解しえない、魔導書は好奇心に瞳を輝かせた。
読んでいただきありがとうございます。
ちなみに、古代魔術とは500年以上前に生まれた魔法を指します。バイブルが生まれた頃までですね。
つまり、魔導書にはもっと高齢な方々がいる訳で……?
一説には、スクリチャさんは3000年前から存在しているとか。




