あらゆる魔法を模倣する少年
扉が開かれた。
バイブルの詠唱は、ただの高校生と異世界を繋げた。
「……」
目を覚ました瞬間、視界が緋に染まっているのに気付いた。
『魔の主』の動きがとても緩慢だ。竜って、こんなに小さかったけ。
「目覚めよ自己の器」
復唱した瞬間、体の奥底から魔力がこみ上げてくるのを感じた。体の奥底……いや、もっと深くて巨大な何かからだ。
そして—―詠唱を思い浮かべていないのに—―未知の魔法の数々が湧いてきた。
炎がうねる。
水が溢れる。
雷が駆け抜ける。
閃光が視界を覆う。
茨が辺りを取り巻く。
岩が散弾となって放たれる。
氷の柱が次から次へと降り注ぐ。
無意識のうちに暴走する魔法たち。呑まれそうになる不思議な感覚を堪えながら、ただただ眼前の敵を見据えた。
「ゲアアアアアアアアア!!??」
絶叫が聞こえる。色彩が踊っている。竜が血しぶきを上げている。
その場に居合わせている誰もが、絶句して立ち尽くしていた。
「魔法の、連発……?あり得るの、そんなことが……」
治癒隊の女性は、不安げに杖を抱きかかえながら呟いた。
「魔法じゃないんだ。
これは……世界で起こる現象、本来のカタチを具現化しているだけ」
全身をローブで覆った男は、興味深げに事の成り行きを静観していた。
「これほどの才能があるとは……!!前代未聞だね」
ギルド長は、歓喜の笑みをたたえて少年を祝福した。
「ごめん、緋雪」
少年の本当の願いを知っているバイブルは、独り自責の念に駆られた。
少年は。
「こいつを倒せば……」
全身が消耗して、理性が薄れていく中、想いを手放さなかった。
「小菊と教室に帰れる」
叶わない願いだとは思わなかった。
手を伸ばせば、きっと届くと信じて疑わなかった。
だから、彼の魔法は応えた。
「(楽しい……今なら、何でも倒せる気がする)」
笑みが零れていた。
更に魔法の手札が増えていく。
「(僕はもう……普通じゃないのか)」
それが、何よりも心地いい。
心の中で二つの想いが渦巻いている。帰りたい自分と留まりたい自分。普通でいたい自分と異常でいたい自分。
英雄魔法を持った小菊も、こんな気持ちなのかもしれない。
「アリアッ!!!!!!!」
それが止めだった。
鱗を突き破った魔法のすべてが、竜の息の根を絶った。
すさまじい土埃を上げて『魔の主』が地面に崩れ落ちた。
闘技場を歓声が満たした。
緋雪――『竜食い競争部』優勝。
「貴方たちの思惑は外れたみたい。残念だったわね」
地下まで届く大きな歓声に、小菊は微笑を浮かべた。
「……そんな、ありえないです。『魔の主』を退けるなんて」
「貴方たちは緋雪をなめすぎ。緋雪は、この異世界そのものよ。
思い通りに操ろうなんて、慢心はなはだしい」
ぎりっ、と奥歯を噛む音がする。
「……あたしたち高校生は、『魔の主』を根絶やしにするために喚ばれている。
今回、竜を食べさせたのだって……魔力の底上げのためです。
教室に帰ろうなんて……思わないでください」
魔法の檻が解ける。
去っていく千埜の背中を見つめながら、小菊は嘆息した。
「緋雪、面倒ごとに巻き込まれすぎだよ……」
競技を終えて、僕は小菊を探しに闘技場中を歩き回っていた。
何度も何度も頭を下げてくる先輩たちや、握手を求めてくる治癒隊、感激の涙を流す地元チームの包囲網を抜けて。
いつの間にか、観客席から小菊は消えていた。まだどこかにいるかもしれない、と淡い希望を抱いてさまよっていると――
「緋雪」
背後から、ずっと聞きたかった声がした。
「小菊……」
言葉が出なかった。会った時に言いたかったことがたくさんあったのに、上手くまとまらない。
「緋雪は、もう戻れないところまで来ちゃったんだね」
異世界で初めて会った時とは違う、穏やかな笑みで、小菊は言葉を重ねる。
「ねえ」
斜陽が影を作る中で、小菊は僕の手を取った。
「私と、英雄になる?」
世界から、音が消えた。
今この場にいるのは、僕と小菊だけ。
「もう、教室に戻らなくたっていいよ。……緋雪も、それが難しいこと分かっているでしょう?」
首を振ることは、できなかった。
自分が想像も及ばないほど危険な爆弾を抱えていることは薄々気付いている。
けれど、譲れないことがある。
「『魔の主』を、倒したら……
魔物が持つ魔法を根絶やしにしたら……
今度こそ、一緒に帰ってくれる?」
小菊は、はっきりと否定も肯定もしなかった。
その代わりに。
「……緋雪、そろそろ修学旅行があるでしょ?
私はそれに参加しようと思うの。だから、何が起こったとしても……それが私たちの学校生活の最後だよ」
英雄魔法にがんじがらめにされた少年と少女の教室は、もう振り返れない距離にあった。
竜食い競争部編、完結です。
次からは学校編になります。果たして二人は教室に戻れるのか。
感想等をいただけますと作者のモチベーションになり、作業効率が25パーセントアップするかもしれません。




