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異世界に行ってしまったら、もう教室には戻れない

クラスメートの大半は、異世界に渡っている。

それは正式な研修制度だ。学校は、異世界のことや魔法の詠唱、生きる術全てを教えてくれる。

―—しかし、僕の隣の席の同級生が、去り際に放った言葉の意味だけは、誰も教えてくれなかった。

「あっちの世界で英雄になったら、もうこの教室には帰れないから」

僕は、ずっとその真意を理解することができなかった。

異世界で彼女と再会するまでは。



「久しぶり……小菊さん?」

やっと異世界を訪れることが叶った僕は、最初に彼女に会いに行った。

かつては机を並べ合い、ノートの貸し借りをしていた同級生。……今は、誰もが知る英雄。

幾千もの魔物を屠り、帝国の騎士の名声をほしいままにした少女がそこにいた。

「緋雪……なんで、こんなところに」

小菊は腰に佩いていた剣を抜き、構える。

その眼差しは、教室で見たクラスメートたちのものとそっくりだった。覚悟が据わった目。普通の高校生とは決定的に違う、戦いに臨む者の目。

―—もう、隣の席の同級生はいないんだと、悟ってしまった。

「近づかないで。私は、教室にいたわたしと違う」

冷ややかな拒絶の言葉だった。踏み出しかけていた足が止まる。

「えっと、小菊さんがずっと学校に来てないから心配で」

「そう。今、魔物の討伐で忙しいの。行かせてくれる?」

小菊は言葉を遮って、僕の傍を通り過ぎていった。

「二度と異世界に来ないで。魔法も発現していないんだし、あっという間に死ぬよ」

真っ黒な長髪をなびかせながら、同級生は振り返らずに去っていく。

僕は突っ立ったまま、その後ろ姿を見送ることしかできなかった。



その後、僕は重たい体を引きずりながら、ギルドが立ち並ぶ通りの一角にある廃屋へと向かった。

『詠唱収集屋』という、かすれた文字の看板が掲げられている建物へと。

「はい、いらっしゃいー」

壊れかけのドアを開けて、まず目に入ったのは、ちゃぶ台の上で大量の紙に埋もれている少年の姿だった。

「委員長……僕も研修に来たけど……」

声をかけた途端、委員長はがばっと身を起こした。そして、眼鏡をかけ直しながら背筋を整え、

「お、緋雪!!よかった、お前来れたんだな!」

インクを飛び散らせた顔を満面の笑みにしながら、クラスの頼れる委員長は言った。

「うん。何とか。それでさ委員長、相談があるんだけど……。小菊って……騎士団にいるんだよね?」

胸の奥がひりつく感覚を覚えながら、俯いたまま尋ねた。

「小菊……ああ、伊勢か。お前仲良かったもんな。」

その返答に、ますます気分が沈む。仲が良かった……昔はそうだった。異世界で何があって、小菊があんな風に変わってしまったのか、見当もつかないけれど。

「あいつは俺たちの中で一番出世しちまったよ。固有魔法は不明だが、魔物をばったばったとなぎ倒して帝国直属の剣士になっちまって……。くっそー!俺の『常時ネット廃人(サーフ・サーフ)』じゃ騎士団になんかなれねーんだよ!!引きこもって魔法を調べるしか!」

委員長は堪え切れなかったようにちゃぶ台をひっくり返した。吹き飛ばされた紙たちが舞う。

「魔法を調べてるんだ。卒論のため?」

「違うに決まってんだろ出世のためだよ!!俺はッ、伝導士がいなくなって死んだ魔法を収集してるの!コレクターには売れるんだぜ?使い道はないけど、詠唱がかっけぇからな!」

しばらく見ない間に、委員長が金の亡者になっていた……。僕は戦々恐々として一歩後退る。

「まぁこっちの世界じゃ禁忌とされてるから良い子は真似しないよーに。

……さて緋雪、お前、伊勢に会いたいんだろ?クラスのマドンナで、今は騎士団の大和撫子……伊勢小菊によ」

茶化すような追及に、僕は相手の顔も見ないまま肩に伸ばされた腕を躱した。反応する与力がなかった。

「もしよ、お前があいつと話をしたいってなら……騎士団の下に行くのが手っ取り早いだろうな。今、北の平原で魔物の掃討をしているらしいぜ?」

僕ははっと顔を上げて、気付いた。委員長は最初からすべてを見透かしていた。爽やかな微笑を浮かべながら、

「俺のせめてのはなむけをやるよ。初心者でも使える基本魔法、防護(ヴェール)だ。」

温かな陽の光が掌から溢れ、僕の胸に静かに溶けていった。魔法の譲渡。僕は、大きく頷いて、店を駆け出していった。今度こそ、背中を追うために。

「またな、緋雪ー!魔女と魔導書と悪徳セールスに気を付けろー!」

最後に、窓から顔を覗かせた委員長は、町へと繰り出す僕にそう言った。

僕は、英雄になった彼女の隣に立つことを選んだ。

また彼女と教室での日々を謳歌できることを、信じて疑わなかった。



その頃、騎士団は平原へと行進を開始していた。

「キク、どうしたの浮かない顔して~。撫子の名が泣いてるぞ?」

短髪の弓手の女性が隣を歩く小菊に声をかける。小菊ははるか遠くに視線を固定したまま、

「……何でもないです。行きましょう、アンさん」

「ホームシックになったら気兼ねなく言ってね―?キクは別世界から来た大事な戦力で、ワタシの大切な……」

「よだれ垂らさないでください。斬りますよ」

「やだなぁ、冗談だよ」

小菊は歩調を緩め、ため息を吐いた。

そして、背後の城壁へと視線を移す。

「ごめんね、緋雪……」

一本の剣を強く握りしめる。そんな彼女の手からは、冷気を纏った陽光が溢れ出ていた。

「私の魔法を()()したら……貴方はもう、教室に戻れないから」

斬撃と血に塗れてしまった高校生の顔で、少女は――もう二度と戻れない教室に思いを馳せた。

読んでいただきありがとうございます。

学校に通えることって幸せだな、とつくづく実感した作者が書いた物語です。場所は学園ではないですが学園ものです。

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