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第7話:害虫駆除の作法

続きは明日のこのくらいの時間にー

 ヤング伯爵家の重厚な鉄柵の門前で、エドワード・ルーサーは顔を真っ赤にして喚き散らしていた。

 彼の背後には、同じように苛立ちを隠せない様子の家臣が数人、書類の束を抱えて立ち尽くしている。


「おい、開けろと言っているだろう! 私は侯爵家の次期当主だぞ! あの不潔なゴミ――サイラスを今すぐこちらへ突き出せ!」


 門番たちは、まるで動かぬ石像のように無表情で立ち塞がっている。その沈黙がさらにエドワードの神経を逆撫でした。

 彼にとって、サイラスは便利な道具に過ぎなかった。食事も満足に与えず、屋根裏に押し込め、自分たちが遊んでいる間に面倒な領地経営の書類をすべて片付けさせる。そんな都合の良い奴隷がいなくなったせいで、今日のルーサー侯爵家は朝から地獄絵図だったのだ。


「誰がゴミを突き出せですって?」


 低く、地を這うような冷徹な声が響いた。

 エドワードがびくりと肩を揺らして視線を上げると、そこには優雅に歩み寄るイレーナ・ヤングの姿があった。


「ヤ、ヤング伯爵令嬢……!」


 エドワードは一瞬、その美しさに気圧された。だが、すぐに自分の優位を確信したように鼻を鳴らす。


「イレーナ嬢、ちょうどいい。兄上が勝手に貴方の屋敷へ転がり込んだようだが、あいつは我が家の所有物だ。まだ処理すべき書類が山ほど残っている。返してもらおうか」


「所有物? おかしなことを仰いますわね」


 イレーナは門を隔ててエドワードと対峙した。彼女の手元には、いつの間にかセバスが差し出した数枚の羊皮紙が握られている。


「先日の夜会にて、ルーサー侯爵ははっきりと仰いましたわ。『このゴミは不要だ』『明日にでも叩き出す』と。それは、公衆の面前での法的権利の放棄に他なりません。…セバス、例のものを」


「はっ。こちらに夜会での発言を記録し、法務官の認証を得た証書がございます」


 セバスが差し出した書類を、イレーナは扇子で指し示す。


「現在、サイラス様は我がヤング伯爵家が身元を保護し、私との正式な婚約を前提とした『預かり身分』にあります。つまり、彼はもはやルーサー家とは何の関係もない自由の身、あるいはヤング家の一部。それを無理に連れ戻そうというのであれば……それは我が家に対する掠奪りゃくだつと見なしますが、よろしいかしら?」


「なっ! 掠奪だと!? あんな無能な兄に、何を大げさな!」


「無能? ふふ、面白い冗談ですわね、エドワード様」


 イレーナは、まるで道端に落ちている石ころを見るような目でエドワードを射抜く。


「無能だと言うのなら、なぜわざわざこうして回収に来られたのです? 今、貴方の背後の家臣が抱えているその書類…。サイラス様がいなくなった途端に、どこの誰が書いたのかも分からない、整合性の取れない数字の羅列に変わってしまったのではありませんか?」


「そ、それは…っ!」


「ルーサー家の家臣の方々も、お気の毒に。真に有能で、家を一人で支えていた長男を追い出し、残ったのは威張り散らすことしかできない『本当の無能』だけ。あの夜会の後からルーサー家には、商会からの抗議や税務局からの照会が殺到しているのではないかしら?」


 図星を突かれたエドワードの顔が、赤から土気色へと変わる。

 実際、その通りだった。サイラスが処理していた書類は、複雑な税の計算や資産の運用計画など、専門知識がなければ一行も読み解けない代物ばかりだったのだ。それを「兄がやっているなら簡単だろう」と高を括っていたエドワードと侯爵は、今朝になって自分たちがどれほどの宝を手放したかに気づき、パニックに陥ったのである。


「だま、黙れ! とにかくサイラスを呼べ! あいつにこの書類の続きを書かせれば済む話だ。おい、サイラス! 隠れていないで出てこい! また食事抜きになりたいのか!」


 エドワードが門を掴んで叫ぶ。その瞬間、イレーナの周囲の空気が凍りついた。

 彼女は一歩、エドワードに詰め寄った。鉄柵越しではあるが、その殺気は鋭利な刃物となってエドワードの喉元に突きつけられる。


「……今、なんと仰いました?」


「え、あ…」


「『食事抜き』? 我が国の貴族法によれば、扶養ふよう義務のある家族に対し、生存に必要な栄養を与えないことは立派な虐待罪に当たりますわ。加えて、監禁の疑いもあると。…お父様、聞かれましたか?」


 屋敷の影から、ヤング伯爵が悠然と姿を現した。その手には録音機が握られている。


「ああ、ばっちりだよ、イレーナ。…いやあ、ルーサー侯爵家の次男坊ともあろうお方が、これほど堂々と犯罪を自白してくれるとは。法務局の友人が喜ぶね」


「貴様ら……はめたな!」


めた? 心外ですわね。私たちはただ、貴方が吐き出した不潔な言葉を記録しただけです。…さて、エドワード様。そこまでしてサイラス様を『労働力』として使いたいのであれば、相応の対価を支払っていただきましょうか」


 イレーナは冷たく微笑み、先程から手にしていた羊皮紙を、門の間からエドワードの足元に放り投げる。


「これは何だ?」


「請求書ですわ」


 エドワードが震える手でそれを拾い上げ、記載された数字に目を見開いた。


「な……一億ゴルド!? 馬鹿な、何の金だこれは!」


「内訳をよくご覧なさい。サイラス様が過去十年間にわたって、貴方たちの代わりにこなした労働の『未払い賃金』。不当に与えられなかった食事や医療の『慰謝料いしゃりょう』。そして、現在我が家が彼を保護し、その心の傷をやすための『特別費用』。さらに…」


 イレーナは目を細め、最後の一撃を見舞った。


「彼のような聖者の再来とも言える尊いお方を、今日までゴミ扱いし続けたことによる『不敬罪的賠償金ばいしょうきん』です。…お支払いができないのであれば、今すぐその汚い顔を私たちの前から消してください。さもなくば、この足元にある書類すべてを、王立騎士団に提出いたしますわ」


「う、うあああ…!」


 エドワードは腰を抜かし、地面にへたり込む。

 彼のような甘やかされた子供にとって、イレーナという「本物の捕食者」から向けられる圧力は、想像を絶するものだった。


「お、覚えていろよ! 父上に言いつけて、ヤング家なんて潰してやるからな!」


 捨て台詞を吐きながら、エドワードは家臣たちを引き連れて逃げるように去っていった。その無様な背中を、イレーナは心底汚らわしいものを見る目で追う。


「…セバス。あのゴミが触れた場所、すべて消毒しておいてちょうだい」


「承知いたしました、お嬢様」


 イレーナはふう、と深く溜息をつき、すぐさま表情を柔和なものに変えた。

 そして、屋敷の入り口でアンガスの背中に隠れるようにしてこちらを覗いていた、怯える銀髪の少年に向かって大きく手を振る。


「サイラス様! もう大丈夫ですよ、害虫は一匹残らず駆除いたしましたわ!」


「…イレーナ様……」


 サイラスが、おそるおそる近づいてくる。彼の瞳にはまだ恐怖が残っていたが、イレーナがその手を優しく取ると、ふっと力が抜けたように彼女の胸に寄り添った。


「怖かった…です。でも、イレーナ様が、僕を守ってくれるのが見えて…」


「ええ、ええ。当然ですわ。あのような無能な弟に、あなたの髪一筋さえ触れさせはしません。…さあ、口直しに甘いお菓子を焼きましょうね」


 サイラスを優しく抱きしめながら、イレーナは背後の父・ヤング伯爵と視線を合わせた。  伯爵は眼鏡を光らせ、静かに頷く。


(まずは次男の失言を確保。次は、ルーサー家の資金源の断絶ね…)


 イレーナの脳内では、すでにルーサー家完全解体までのタイムテーブルが着々と進行していた。

 サイラスは自分を抱きしめる彼女の腕の温かさに安心しきっている。


「……あ、あの、イレーナ様。……あまり、怒らないでください。僕のために、貴女の手を汚してほしくないんです」


 サイラスが上目遣いで、そう呟いた。

 そのあざといまでの健気さに、イレーナの心臓が激しく跳ねる。


(っ! なんてお優しいのかしら! こんな天使のような方を虐めていたあの一族、やっぱり粉微塵こなみじんにするしかないわ!)


 イレーナの決意は皮肉にもサイラスの優しさによって、より苛烈かれつなものへと昇華されるのであった。


イレーナによる怒涛の正論パンチ

たぶん彼女は事実陳列ちんれつ罪を知らない()


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