第5話:不機嫌な義弟と、嵐の予感
続きは明日のこのくらいの時間にー
ヤング伯爵家の午後の庭園は、美しく整えられた薔薇の香りに包まれていた。
サイラスはセバスに促されるまま、庭に面したテラスの椅子に座っていた。職人たちに整えられた新しい服はまだ少し肌に慣れず、背筋を伸ばしているだけで緊張が走る。
「サイラス様、お加減はいかがですか?」
「あ、はい…セバスさん。とても、落ち着いています」
実際には「落ち着かない」というのが本音だ。これほど広い空の下で、誰の目も気にせずに座っていること自体、奇跡のような出来事なのだから。
だが穏やかな時間は、荒々しい足音によって唐突に破られた。
「――イレーナ姉様! 説明してください!」
邸宅の廊下から響いてきたのは、若々しく、しかし怒りに満ちた少年の声だった。
サイラスが反射的に肩をすくめて扉の方を振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。
年の頃は14、5歳だろうか。燃えるような赤髪を短く切りそろえ、活発そうな顔立ちをした少年だ。
彼はサイラスを一瞥するなり、その大きな瞳に露骨な不快感をにじませた。
「アンガス、騒々しいですよ。淑女の庭園に踏み込むなら、もう少し作法というものを学びなさい」
少年の後ろから、イレーナが落ち着いた様子で現れた。彼女はアンガスの剣幕を気にする風もなく、優雅にサイラスの隣へと歩み寄る。
「…姉様。その男が例の『ゴミ』……いえ、ルーサー侯爵家の出来損ないですか?」
アンガスの言葉は鋭いトゲとなって、サイラスに突き刺さる。
思わずルーサー家で浴びせられ続けた言葉の暴力が蘇り、無意識に自分の両腕を抱きしめた。視線を落とし、銀色の前髪の影に隠れるようにして呼吸を殺す。
「言葉に気をつけなさい、アンガス。彼は私の大切な婚約者、サイラス様ですわ」
イレーナの声が低くなる。
それは冷徹な響きに近かった。
「婚約者!? 兄上が亡くなって、まだ一年も経っていないんですよ! あんなに兄上を慈しんでいた姉様が、どうしてこんな……こんな弱そうで、今にも死にそうな、不吉な色の男を選ぶんですか!」
アンガスは叫びながら、サイラスを指差した。
彼にとって、亡き兄ロナルドは絶対的な存在だった。病弱だった兄を支えるイレーナこそが最高の義姉であり、その席に別の男が、それも病弱で脆そうな男が座ることは、兄への冒涜に感じられた。
「僕、知ってますよ! こいつは実の家族からも捨てられた欠陥品だって! 兄上の代わりになんて、なれるはずがない!」
「……代わり、ですか」
イレーナが、ゆっくりとアンガスの前に立った。
彼女の背中からは圧倒的な威圧感が放たれ、食ってかかっていたアンガスが思わず半歩後ずさる。
「アンガス。勘違いしないでください。私はロナルドの代わりを求めているわけではありません。ロナルドはロナルド。…そしてサイラス様は、私がこの手で守り抜くと決めた、唯一無二の方です」
イレーナは振り返り、怯えて震えているサイラスの肩に、そっと手を置いた。
「この方は誰の代わりでもありません。私が、私自身の意志で必要としているのです。…それを否定することは、私の判断を、そしてヤング伯爵家の決断を愚弄することだと、理解していますか?」
「…っ、それは……」
アンガスは言葉に詰まる。イレーナの言葉は正論であり、何より彼女がこれほどまでに強い意志で「白い少年」を肯定していることに、衝撃を受けていた。
一方、サイラスは混乱していた。
自分は代わりだと思っていた。ロナルドというイレーナ様が守りたかった人の、埋め合わせなのだと。そう思えば、自分への過剰な優しさにも説明がつく。
けれど、彼女ははっきりと否定した。
(……僕自身を、必要としている? 何もない僕を…?)
サイラスは震える唇を噛み締め、勇気を振り絞って顔を上げた。
アンガスの燃えるような瞳が自分を射抜いている。怖い。逃げ出したい。でも自分を「宝石」だと呼んでくれた彼女の隣で、ただのゴミのままでいたくないという、小さな、本当に小さな意地が芽生えていた。
「……あ、の」
小さな、消え入りそうな声だった。
「なんだよ!」
アンガスが吠える。サイラスはびくりと体を揺らしたが、それでも視線は逸らさなかった。
「……僕は、ロナルド様の、代わりには、なれません。…あの方のことは、何も知りませんし……僕には、何も、ありませんから…」
言葉にするたびに胸が痛む。
「でも…イレーナ様が、僕をここにいてもいいと……言ってくださるなら。…僕は、その、…全力で、ここにいたいんです」
最後の方は、涙声になっていた。
アンガスは、鼻を赤くして必死に自分を見つめるサイラスの姿に、言葉を失った。
目の前の男は確かに弱々しい。兄のように今にも消えてしまいそうだ。
だが兄のロナルドが常に自分を憐れんで、申し訳なさそうに笑っていたのに対し、この少年は、震えながらも「ここにいたい」と生への執着を口にした。
「…ふん。口だけは一人前かよ」
アンガスは鼻を鳴らし、ぷいっと顔を背けた。だが、先ほどまでの刺々しい殺気は少しだけ和らいでいた。
「いいか。姉様を悲しませるようなことがあったら、僕がその細い首を叩き切ってやるからな! …あと、そんなにガリガリじゃ、姉様の隣に立つ資格なんてないぞ! 明日から僕が、体力作りにつきあってやる!」
「え……?」
「アンガス、それは名案ですわね」
イレーナが機嫌良さそうに手を打つ。
「サイラス様には健康的な体格になっていただきたいと思っていましたの。アンガス、手加減はいけませんが、あまり無茶をさせてはいけませんよ?」
「分かってるよ! ほら、さっさと飯を食え、白髪野郎!…腹が減ってちゃ、泣く元気も出ないだろ」
アンガスは乱暴にサイラスの頭を撫で、というより、くしゃくしゃにかき回し、足早に去っていった。
残された庭園に、静寂が戻る。
サイラスは、ぐちゃぐちゃになった自分の髪を触りながら、呆然としていた。
「……嫌われた、のでしょうか」
「いいえ。あれは彼なりの、最大級の歓迎ですわ。あの子は、自分より弱いものを放っておけない質ですから」
イレーナは微笑み、サイラスの頬に優しく触れた。
「よく言えましたね、サイラス様。あなたのその勇気が、アンガスの頑固な心を開いたのです。…本当にかわいい人」
彼女の琥珀色の瞳が、夕陽を浴びて一段と熱く輝く。
サイラスは顔を赤くし、思わず彼女の胸元に顔を埋めた。
(…温かい。イレーナ様は、僕を『僕』として見てくれている)
その確信が、サイラスの心に「依存」という名の甘い種を植え付けていた。
そして。
邸宅の窓からその光景を見ていたアンガスは、顔を真っ赤にしながら呟いた。
「……ちっ。なんだよあの顔。反則だろ。……あんなの、姉様じゃなくても守りたくなるじゃねーか…」
ヤング家にまた一人、サイラスの保護者が増えた瞬間だった。
たぶんアルビノじゃなくて白変種なのかなーと
アルビノは生きていくのが大変だからね
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