第17話(後日談):極上の甘やかし
最終話です、後書きに告知ありー
王宮に「白銀の聖者」という名の新しい風が吹き始めてから、数週間が経った。
かつてルーサー侯爵家の屋根裏で、誰に知られることもなく国の歪みを正していた数字の天才は、今や国王直属の特別書記官として、王宮の官僚たちをその圧倒的な事務処理能力と、神々しいまでの美貌で震撼させていた。
だが、どんなに周囲から崇められようとも、サイラス・ヤング(彼はすでにヤング家の籍に入っている)にとっての「真実の居場所」は、ただ一つしかなかった。
「……あ、お帰りなさい、サイラス様!」
夕闇が迫るヤング伯爵邸。玄関ホールで真っ先に出迎えたのは、すっかりサイラスの熱烈なファンとなったメイドたちと、そして、誰よりも早く彼を見つけたアンガスだった。
「おい、白髪野郎。今日も遅かったな。……ほら、顔色が少し悪いぞ。姉様が中で首を長くして待ってる。さっさと行けよ」
「ありがとう、アンガス君。…これ、お土産だよ。王宮の近くで売っていた、君が好きなブランドのカタログだ」
「っ…! べ、別におねだりなんかしてねーよ! ……まあ、受け取ってやるけどな」
アンガスの照れ隠しを背に、サイラスは足早に邸宅の奥へと向かう。
外での彼は常に背筋を伸ばし、冷静沈着に数字を操る完璧な官僚だ。だが、イレーナの自室の扉の前に立った瞬間、その肩から力がふっと抜け、表情が幼い少年のように崩れる。
コン、コン、と控えめにノックをする。
「サイラスです。……イレーナ様、入ってもよろしいでしょうか」
「……待っていましたわ、サイラス様。入ってくださいな」
扉を開けると、そこには書類を片付け、ソファでゆったりと寛ぐイレーナの姿があった。彼女はサイラスの姿を認めるなり、琥珀色の瞳を優しく細め、両腕を広げた。
「お疲れ様でした。こちらへ」
その一言が合図だった。
サイラスは普段の優雅な足取りを忘れ、吸い寄せられるように彼女の元へ駆け寄ると、そのまま彼女の膝に顔を埋めるようにして座り込んだ。
「……っ、…イレーナ様。……イレーナ様…」
「ええ、ええ。よしよし。……今日は一段と『補給』が必要なようですね?」
イレーナはサイラスの銀髪に指を通し、優しく梳いていく。
王宮では、多くの官僚や貴族たちがサイラスの知性に畏怖し、その美貌に遠巻きに溜息を漏らしている。だが、ここでの彼は、ただ愛を乞う一人の少年に過ぎない。
「……疲れました。…みんな、僕のことを見るんです。……不吉だと言っていた人たちが、今は『聖者様』なんて呼んで…。……何を言えばいいのか、分からなくて…」
「いいのですわ。貴方はただ、数字を正していればいい。それ以外の面倒な社交や視線は、全部私が跳ね除けて差し上げますから」
イレーナはサイラスの顎を優しく持ち上げ、自分を見上げさせた。
サイラスの瞳は微かに潤み、熱を帯びている。
「…今日は、ずっと貴女の香りが恋しかったです。……王宮の空気は、冷たくて…」
「あら。そんな風に言われては、私も我慢ができなくなってしまいますわ」
イレーナはサイラスを抱き寄せ、そのままソファの上に横たわらせた。彼女の体温が、サイラスの全身を包み込んでいく。
「…イレーナ様、……甘えても、いいですか?」
「何を今さら。貴方が甘えなくなる方が、私にとっては一大事ですわよ。…さあ、夕食の前に、たっぷりと私を摂取してくださいな」
サイラスは、イレーナの首筋に顔を寄せ、その温もりを深く吸い込んだ。
イレーナの腕が、折れてしまいそうなほど強く自分を抱きしめる。その「強すぎる独占欲」こそが、かつて誰にも顧みられなかったサイラスにとって、何よりの救いだった。
「……あ。…そうだ、イレーナ様」
サイラスがふと思い出したように顔を上げる。その瞳には、少しだけ、あざとい悪戯っぽさが宿っていた。
「今日、王宮で……ある高位の令嬢から、手紙をもらったんです。…『サイラス様の美しさに心打たれました』って」
その瞬間、部屋の空気がわずかにピリついた。
イレーナの微笑みが、温度を下げずに深まる。スパダリ令嬢の嫉妬心が、静かに、しかし確実に牙を剥く。
「……ほう。それは、どこのどなたかしら? …明日の朝には、その方の実家の不備を一つや二つ、見つけて差し上げなくてはなりませんわね」
「……ふふ。…嘘ですよ。手紙はもらいましたけど、すぐに事務局のくず入れに入れました。…僕が見てほしいのは、イレーナ様だけですから」
サイラスが彼女の耳元で囁き、そっと首筋をなぞる。
「っ…! 貴方という人は……。…最近、随分と私の転がし方を覚えたようですわね」
「誰に教わったと思っているんですか…。お嬢様のリードが、あまりに強引で素敵だから…僕も、応えたくなっちゃうんです」
サイラスが満足げに微笑み、再び彼女の胸の中に潜り込む。
イレーナは降参したように溜息をつき、彼を力一杯抱きしめ直した。
「……分かりましたわ。今夜は、寝るまで離しません。食事も、お風呂も、すべて私がお世話して差し上げます。…文句はありませんわね?」
「……はい。一生、お願いします、イレーナ様」
窓の外では、王都の灯りが星のように煌めいている。
かつて暗い屋根裏で、死を待つだけだった少年は、今、世界で一番強い愛に守られ、誰よりも幸せな眠りにつこうとしていた。
後悔など、どこにもない。
自分を捨てた者たちの顔すら、もう思い出せない。
ただ、自分を愛し、自分を導いてくれるこの人の香りと、その力強い鼓動だけが、サイラスの新しい世界のすべてだった。
翌朝、ヤング伯爵邸の朝食会場。
「ねえ、旦那様。サイラスちゃん、今日も一段とキラキラしていない?」
ヤング夫人が扇子を叩きながら、上機嫌で問いかける。
「ああ、そうだね。イレーナの『手入れ』が、隅々まで行き届いているようだ。…ヤング家の将来は、安泰を通り越して、少し怖いくらいだよ」
伯爵は、幸せそうにパンをかじるサイラスと、その口元を甲斐甲斐しく拭いてやる娘の姿を見て、眼鏡を光らせながら微笑んだ。
キラキラな恋愛(?)が少し、いやかなり難しかったですが、走り切れて良かったです
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
◇新作始めました◇
あなたに用はありません!~どこかに素敵な老紳士は落ちていませんか?~
https://ncode.syosetu.com/n5656lr/
枯れ専あつまれ~~
以前に短編で書いたものを深堀りして長編にしました
めっちゃ楽しく書かせていただいてます
軽く読めるので遊びに来ていただけると嬉しいです♪




