第16話:今さら「息子を返せ」と言われても
あと1話だけ続くんじゃ
明日のこのくらいの時間にー
お披露目夜会から数日。王都の話題は、ルーサー侯爵家の電撃的な取り潰しと、ヤング伯爵家に現れた『銀髪の聖者』の噂でもちきりだった。
そんな騒ぎに知らん顔をしているヤング伯爵邸の午後は、穏やかなティータイムに包まれていた。
テラスではサイラスがヤング伯爵と向かい合い、新しく引き継いだ輸入利権の帳簿をチェックしている。
「ふむ、この関税の還付手続き、非常にスムーズだね。サイラス君、君のおかげで、グローステスト家が数年かけても解決できなかった滞留在庫が、たった数日で現金化されたよ」
「恐縮です、お義父様。数字を整えるのは、僕にとって呼吸をするようなものですから」
サイラスの頬には健康的な赤みが差し、その表情にはかつての怯えではなく、プロフェッショナルとしての自負が漂っていた。
だがその平和な空気を切り裂くように、門の方から見苦しい怒鳴り声が響く。
「サイラス! サイラスはいるか! 父だ! 父が来たぞ! 開けろ、ここを開けろ!」
鉄柵の向こうで喚いているのは、薄汚れた平民の服を着た男――数日前まで侯爵としてふんぞり返っていた、サイラスの実父であった。
騎士団の取り調べを一旦終え、仮釈放という名の資産没収を受けた彼は、家が破産し、誰も助けてくれない現実を突きつけられ、ついに唯一の希望へすがりに来たのだ。
「…お父様、セバス。害虫の駆除が甘かったようですわね」
屋敷の中から、冷ややかな声と共にイレーナが現れた。その後ろには、扇子を優雅に揺らすヤング夫人も続いている。
「まあ、本当に。あんな小汚い方が、私たちの聖域を汚すなんて許せませんわ」
イレーナはサイラスの肩にそっと手を置き、彼を安心させるように微笑むと、そのまま門の方へと歩み寄った。伯爵夫妻も、面白がるようにそれに続く。
「何のご用かしら、元ルーサー侯。ここは貴方のような罪人が立ち入って良い場所ではありませんわ」
「イレーナ嬢! サイラスを、サイラスを返してくれ! あいつがいなければ、借金の整理も、役所への申し開きも何もできないんだ! あいつは私の息子だ、親には子を連れ戻す権利がある!」
門を掴んで叫ぶ男の姿に、イレーナは心底可笑しそうに吹き出した。
「権利、ですって? 面白いことを仰いますわね。夜会であれだけ盛大に『ゴミ』だと捨てておきながら、自分たちが無能だと証明された途端に『息子』として呼び戻そうなんて」
「そ、それは…そうだ、サイラス! お前も何か言ったらどうだ! この恩知らずめ、誰のおかげで今まで生きてこられたと思っている!」
男の矛先がサイラスに向く。
サイラスはイレーナの隣まで歩み出ると、鉄柵越しにかつての父を見つめた。
その瞳には、恨みも、悲しみもない。ただ、道端に転がる石ころを見るような、徹底した無関心。
「…生かしてくれたことには感謝します。ですが、僕が貴方たちのために働いた十年間の労働賃金を計算すれば、養育費などとっくに相殺されています。…むしろ、お釣りが出るくらいですよ」
「なっ……!」
「ふふ…。今さら『息子を返せ』と言われても、もう遅いですわよ」
イレーナが、サイラスの腰を抱き寄せて勝ち誇ったように告げる。
「彼は今、我がヤング家の大切な婚約者であり、国王陛下直属の特別書記官。…貴方のような、国への納税を誤魔化していた犯罪者に貸してあげられるような、安い人材ではありませんの。…お母様、いかがかしら?」
ヤング夫人が一歩前へ出た。彼女は扇子をパチンと閉じると、元侯爵を冷たく見下ろした。
「ええ、その通りよ。サイラスちゃんは私たちの『宝石』…。泥棒に返してあげる宝石店がどこにありますの? …それに、貴方の息子のエドワードちゃんでしたかしら? 彼は今、鉱山での労働が決まったと聞きましたわよ。親子仲良く、土にまみれて実務を学んだらよろしいんじゃないかしら?」
「ひ、酷すぎる…! ヤング伯爵、貴殿からも何か言ってくれ!」
最後に男がすがったのは、いつもニコニコと温厚そうにしていたヤング伯爵だった。
伯爵は丸眼鏡を指で押し上げ、本日一番の「善良そうな笑顔」を浮かべた。
「ああ、失礼。…私はね、身内には甘いんだが、身内を傷つけた『ゴミ』の処分については、娘以上に容赦がないんだよ。…セバス、騎士団を呼びなさい。不法侵入と、国家公務員への威迫罪で彼を連行してもらうよう」
「御意にございます」
「ま、待て! 待ってくれ! サイラス! サイラス――!」
男は駆けつけた騎士たちに両脇を抱えられ、引きずられていった。その叫び声が遠ざかるまで、サイラスは一度も目を逸らさなかった。
静寂が戻った庭園で、イレーナがサイラスを強く抱きしめる。
「よく言いましたわ、サイラス様。これで本当におしまいですわね」
「…はい。…もう、何も怖くありません。……あ、でも」
サイラスが少しだけ不安そうに、イレーナの服の裾をギュッと握った。
「…僕が、本当に役に立たなくなっても……捨てないで、くれますか?」
そのあざといまでの問いかけに、ヤング夫人は「キャーッ!」と叫んで胸を押さえ、ヤング伯爵は「困ったね、これ以上働かれたら私の仕事がなくなるよ」と苦笑した。
イレーナは、サイラスの額に深い接吻を落とす。
「馬鹿なことを。貴方が何もできなくなったら、私は一生、貴方を寝室に閉じ込めて甘やかし続けるだけですわ。…むしろ、その方が私の好みかもしれませんよ?」
「……っ。…そ…それはそれで、少し楽しみかもしれません」
サイラスが赤くなって微笑むと、ヤング伯爵邸は温かな笑い声に包まれた。
こうして、スパダリ令嬢による「不遇な宝石」の救出劇は、最高の形で幕を閉じた。
だが、二人の物語はまだ始まったばかり。
王立特別書記官としての初登庁、そして白髪の聖者として国を立て直していく日々が、彼らを待っている――。
逆に元ルーサー侯は何で侯爵できてたの!?と思ったものの
「周りが頑張ったんでしょ(ハナホジー)」という心の声で解決した
イレーナはスパダリよりただのカッコいい女子だなこれは
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