第15話:泥舟の沈没と、祝祭のワルツ
続きは明日のこのくらいの時間にー
静まり返った広間に、床を打つエドワードの膝の音だけが虚しく響いた。
陛下の瞳には、もはや慈悲の欠片もない。絶対権力者の怒りは冷たく、そして鋭利にルーサー家を切り刻もうとしていた。
「…ルーサー侯爵、前へ」
陛下に指名され、人混みの後ろで震えていたルーサー侯爵が、這いずるようにして玉座の前へ進み出た。かつての威厳は霧散し、その顔は老人のように萎縮している。
「陛下、なにとぞ…なにとぞ、子供たちのした無礼をお許しください! すべてはヤング家の狡猾な罠であり、私は何も知ら――」
「黙れ、卑怯者が」
陛下の低く重い声が、侯爵の言葉を断ち切った。
「先ほどサイラスが提示した資料、余の側近が即座に確認した。…貴様の家が過去十年、帳簿を改ざんして脱税を繰り返し、あまつさえグローステスト家と共謀して王室への輸入物資から中抜きを行っていた事実は明白。……それらすべてを、屋根裏に閉じ込めた息子に押し付けていたというのか。恥を知れ」
陛下は扇をバチンと閉じ、冷酷な宣告を下した。
「本日をもって、ルーサー侯爵家の爵位を剥奪し、領地および全資産を王室直轄として没収する。…エドワード、ならびに前侯爵、貴様ら親子は即刻騎士団に連行し、余罪の追求を行う。グローステスト家も同様だ。輸入利権はすべて没収。……イレーナ・ヤング」
「はっ」
イレーナが、サイラスを傍らに従えたまま一歩前へ出た。
「貴公の父、ヤング伯爵からは、すでに利権の移譲に関する完璧な再建案が届いている。…グローステスト家が汚したその利権、今後はヤング伯爵家が管理せよ。…そして、サイラス」
「はい」
「貴公の知性と忠誠心、そしてその『ブローチ』の重みに免じ、貴公を王立特別書記官に任命する。…ヤング伯爵家を支え、この国の歪んだ数字を正して見せよ」
会場から、地鳴りのような拍手が沸き起こった。
ルーサー家のゴミは、一瞬にして国王直属の官僚へと昇り詰め、彼を虐げていた家族は、路頭に迷う罪人へと転落したのだ。
「そんな…爵位が……我が家が……!」
エドワードが騎士たちに腕を掴まれ、引きずられていく。彼は必死にサイラスを見上げ、情けない声を上げた。
「兄上! 助けてくれ、兄上! 僕が悪かった! これからは君を敬うから、王様に…王様に言ってくれ!」
サイラスは、その無様な姿を冷めた瞳で見つめた。
以前の彼なら恐怖で耳を塞いでいたかもしれない。だが今は、イレーナに握られた手の温もりが、彼の心を鋼のように強くしていた。
「…エドワード。僕はもう、君に教える答えを持っていないんだ。…自分の犯した過ちは、自分で計算し、清算してください」
サイラスの決別の言葉に、エドワードは絶望の叫びを上げ、会場から連れ去られていった。
同じく騎士に拘束されたケイティーが、憎しみに満ちた瞳でイレーナを睨む。
「汚いわ、イレーナ・ヤング…! 貴女、最初からこれがお目当てだったのね!」
「あら、心外ですわね」
イレーナは扇子を優雅に開き、ケイティーの耳元で、会場の誰にも聞こえない低い声で囁いた。
「私はただ、可愛い婚約者が欲しかっただけですわ。…おまけでついてきた利権や没落劇は、貴女たちが勝手に自爆して用意してくれた余興。…せいぜい冷たい牢の中で、自分たちが手放した宝石の輝きを思い出しながら後悔なさいな」
ケイティーが声を上げる前に、彼女もまた会場の外へと連行されていった。
◇◇◇◇◇
嵐が去った後の会場には、華やかな舞踏会の音楽が流れ始めた。
本来なら没落が決まった家系の者がいた場は、忌まわしい空気で包まれるはずだった。だが今の会場を支配しているのは、サイラスという新たな英雄への称賛と期待だった。
「さあ、サイラス様。…仕上げの時ですわね」
イレーナが、ダンスホールの中心へとサイラスを誘う。
「……僕に、踊れるでしょうか。こんなに多くの人が見ている中で」
「大丈夫ですわ。貴方は練習通りに、私に身を委ねればいい。…それとも、逃げ出したいですか?」
イレーナが意地悪く微笑むと、サイラスは小さく首を振った。
そして自分からイレーナの腰に手を回し、彼女を力強く引き寄せる。
「……いいえ。……世界中に見せつけたいんです。…僕の居場所は、ここなんだって」
その言葉に、イレーナの琥珀色の瞳が歓喜で燃え上がった。
旋律が響き、二人がステップを踏み出す。
イレーナのリードに合わせ、サイラスの銀髪が光の尾を引くように舞う。
その姿は、かつての流行病で亡くなったロナルドのような儚い美しさではない。内側に秘めた強靭な知性と、イレーナへの揺るぎない依存…もとい信頼が、彼を神々しいまでの光で包んでいた。
「…見て。なんて美しいの」
「ヤング伯爵令嬢の瞳、まるで恋する少女のようですわ…」
周囲の囁きさえも、二人のための伴奏に過ぎない。
サイラスは踊りながら、自分を見つめるイレーナの瞳の中に、これまでにない深い情熱を見た。
「サイラス様。…私はもう、貴方を誰にも渡しませんわ。…王宮での仕事が終わったら、真っ直ぐに私の腕の中に帰ってきてくださいね?」
「……当たり前です。…イレーナ様、僕は一生、貴女に甘えるつもりですから」
サイラスが少しだけあざとい笑みを浮かべ、彼女の肩に額を預ける。
その瞬間、イレーナのステップが僅かに乱れた。
「っ…! 反則ですわ、サイラス様。今すぐダンスを切り上げて、貴方を連れ帰りたくなってしまいました」
「ふふ…。我慢してくださいね、お嬢様」
二人の笑い声が、祝福の拍手の中に溶けていく。
こうして、夜会はヤング伯爵家の完全勝利で幕を閉じた。
泥をすする敗者たちの声はもはや届かない。
あるのはスパダリ令嬢と、彼女に魂の底から甘える聖者の、輝かしい未来の始まりだけだった。
>>>私の腕の中に<<<
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