第14話:ネズミの足掻きと、聖者の牙
続きは明日のこのくらいの時間にー
玉座の前で優雅に頭を垂れるイレーナとサイラス。その姿は宗教画のように神聖で完璧だった。
陛下は満足げに頷き、琥珀色の瞳を細めてサイラスを見つめた。
「ルーサー侯爵家の長男、サイラスか。なるほど、ヤング伯爵が『至宝を預かっている』と豪語していた理由が分かった。その瞳、その在り方……偽りの噂に隠しておくには、あまりに惜しい輝きだ」
「恐悦至極に存じます、陛下」
サイラスが、淀みない礼法で答える。その声は会場の隅々まで染み渡るように響いた。 だが、その静寂を切り裂くように、金切り声が上がった。
「――お待ちください、陛下!」
列を割り込み、血相を変えて進み出てきたのは、ケイティー・グローステストだった。彼女の隣には、怒りと焦燥で顔を歪ませたエドワードが続き、さらに後ろには数人の証人らしき者たちが控えている。
「グローステスト侯爵令嬢か。…無礼であろう。今は拝謁の最中だぞ」
陛下の冷ややかな視線にもひるまず、ケイティーは扇子を強く握りしめて叫んだ。
「陛下、どうかお聞きください! その男、サイラス・ルーサーは、ヤング伯爵家によって精神を操られているのです! 彼はもともと病弱で心弱く、家族の愛を一身に受けて暮らしておりました。それをヤング家が強引に連れ去り、何らかの秘術や薬物で洗脳し、今の姿を演じさせているのです!」
会場にどよめきが広がる。
洗脳。穏やかではない言葉に、貴族たちが顔を見合わせた。
「馬鹿なことを。彼は今、私の問いに完璧な作法で答えたぞ」
「それこそが演技なのです! 本来の彼は、文字すら満足に書けぬ無能。…ほら、エドワード! 貴方の口から、真実を!」
促されたエドワードが、サイラスを指差して吠えた。
「そうだ! 兄上、いい加減に目を覚ませ! その女…イレーナ・ヤングに何を吹き込まれたか知らないが、君の居場所は僕たちの家だ! 君が毎日、僕と一緒に笑い、父上の膝元で勉強していたあの日々を忘れたのか!」
エドワードはさらに一歩、サイラスに詰め寄る。その瞳には「俺に従え、ゴミが」という、かつての支配者としての威圧が宿っていた。
「さあ、正直に言え! 本当は帰りたいんだろう? 怖いんだろう? ここにいる誰もが君を助けてくれるぞ! あの女の嘘を暴くんだ!」
会場の視線がサイラスに集中する。
エドワードの目論見は単純だった。ここでサイラスを怯えさせ、震えさせ、以前の壊れた道具に戻せば、ヤング家の洗脳は事実として認められる。
イレーナの肩が、わずかにピクリと動いた。彼女の手はすでに腰の飾剣に伸びようとしていたが――。
その手をサイラスが静かに、しかし力強く制した。
「……洗脳、ですか」
サイラスが一歩前に出る。
エドワードの予想に反し、その足取りには一点の迷いもない。
彼は震えるどころか、悲しげな、あるいは哀れなものを見るような目でエドワードを見つめた。
「エドワード。…君の言う『あの日々』とは、一体いつのことでしょうか。…僕が窓のない屋根裏で、冬の冷気に耐えながら、君が投げ捨てた書類の山を一人で処理していた夜のことですか? それとも君が賭博で作った借金の数字を、父上の目に触れないように帳簿の隅に隠させられていた時のことですか?」
「な…な、何をデタラメを!」
「デタラメではありません。…ケイティー様、貴女もです」
サイラスは、次にケイティーへと視線を移した。
「貴女は、私が文字も書けぬ無能だと仰いましたね。…では、グローステスト家が直面している『輸入ルートの停滞』。昨日、貴女の家の船が港で差し押さえられた原因をご存知ですか? ……通関書類の不備です。不備の箇所は、関税率の計算ミス。…そのミスをしたのは、私がいなくなった後に、貴女が後釜に選んだ実務家たちではないのですか?」
ケイティーの顔が、一瞬で青ざめた。
なぜそれを。誰にも知られていないはずの、家の内部情報を、この男が知っているのか。
「陛下」
サイラスは再び国王に向き直り、懐から一通の封書を取り出した。
「もし私が洗脳されていると言うのであれば、この数字も演技だというのでしょうか。…これは、私がヤング伯爵家で整理した、ルーサー侯爵家の過去十年の収支報告、ならびにグローステスト家との不透明な資金還流の記録です。…王立書記官の末裔として、私はこの数字の正確さに命をかけます」
サイラスは、エドワードとケイティーを真っ直ぐに見据えて、毅然と言い放った。
「愛されていた? いいえ。私はただ、便利な計算機として使い潰されていただけです。…貴方たちが私を求めているのは、愛ゆえではない。…私という実務の心臓を失い、止まってしまった貴方たちの家の時計を、再び動かすためのスペアが欲しいだけでしょう?」
「き、貴様あああ!」
激昂したエドワードが、サイラスに向かって拳を振り上げた。
静まり返った会場に、エドワードの怒号が響く。
だが。
「――そこまでですわ」
一瞬のことだった。
イレーナが瞬きするよりも速い動きでサイラスの前に立ち、エドワードの拳を素手で受け止めたのだ。
ぎり、と骨が軋む音が聞こえるほどの握力。
「人の婚約者に、汚い手を触れようとしないでくださる? ……陛下、ご覧の通りです。この暴力こそが、ルーサー家がサイラス様に向けてきた『慈しみ』の正体ですわ」
イレーナの琥珀色の瞳には、もはや隠しきれない殺気と、冷徹な勝利の確信が宿っていた。
エドワードは彼女の力に抗えず、無様に床に膝をつく。
「…サイラス、よく言いましたわね」
イレーナはエドワードをゴミのように振り払うと、サイラスの隣に並び立ち、彼の腰を力強く抱き寄せた。
「陛下。…偽の証人たちを呼ぶまでもありません。この場のすべての者の目が、どちらが真実を語っているかを証明しております」
陛下は不快そうに眉を寄せ、床に這いつくばるエドワードと、震えるケイティーを見下ろした。
「……グローステスト令嬢、ルーサー子息よ。余を愚弄するのも大概にせよ。…洗脳されている男が、これほどまでに論理的で、気高く、そして家の急所を正確に突く言葉を吐けるはずがなかろう」
陛下の手が、玉座の肘掛けを強く叩いた。
「ルーサー侯爵! 貴様の家の腐敗、そしてこの場での醜態。もはや、看過できん!」
陛下の怒号がトドメの一撃となった。
ケイティーは力なくその場に崩れ落ちる。エドワードはガタガタと震えながら、自分を見下ろすサイラスの――かつて自分が踏みにじっていたはずの男の、冷徹で美しい瞳を見上げることしかできなかった。
サイラスはもはや彼らを見ていなかった。
隣で自分を支えるイレーナの温もりだけを感じながら、彼は初めて、本当の意味で自由になったことを確信している。
嵐のような舞台。
その幕はまだ下りていない。ここからは、王の裁きによる完全な破滅が彼らを待っているのだ。
何らかの秘術や薬物…まあそう言うしかかいもんな
ケイティーよ、もうちょい上手い嘘は無かったんか
あとサイラスの後釜に微妙な…ちょっと抜けてる実務家を押し込んだのはヤング伯爵だと思われる
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