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第13話:降臨、白銀の聖者

続きは明日のこのくらいの時間にー

 その日は、ヤング伯爵家全体が異様な熱気に包まれていた。

 お披露目の夜会。それはサイラス・ルーサーという存在が、「ルーサー家のゴミ」から「ヤング家の至宝」へと、名実ともに書き換えられる儀式の日である。


「……サイラス様、動かないでくださいね。髪のひと房まで完璧に仕上げなければ、私は一生後悔しますわ」


 イレーナの自室。鏡の前で、彼女は自らサイラスの髪を整えていた。

 今日のサイラスは、まさに 『白銀の聖者』そのものだった。ルナ・クレセントで新調した、最高級の白い絹に銀の刺繍が施された礼装。その胸元には、昨夜イレーナから贈られた『知恵の守護者』のブローチが、月光を反射するように冷たく、しかし力強く輝いている。


 不規則な生活で荒れていた肌は、職人たちの手入れによって陶器のように滑らかになり、薄青の瞳は自信という名の光を宿して深みを増していた。


「イレーナ様……そんなに見つめられると、また緊張してしまいます」


「あら、困りましたわね。あまりに美しいので、目が離せないのです。…見てください、サイラス様。今の貴方は誰に恥じることもない、私の誇らしい婚約者ですわ」


 イレーナは鏡越しに彼の肩を抱き、その耳元に唇を寄せた。

 彼女自身もまた燃えるような紅のドレスを纏い、いつになく凛々しい。その姿は可憐な令嬢というより、大切な宝物を守る騎士のようだった。


「さあ、行きましょう。…世界に、貴方の真の価値を教えて差し上げなくては」




◇◇◇◇◇




 屋敷の前に待機していたのは、ヤング伯爵家が誇る最高級の馬車だ。

 乗り込む際、イレーナが当然のようにサイラスの手を取りエスコートする。その様子を玄関で見送っていたアンガスが、少し照れくさそうに鼻をこすりながら声をかけた。


「……おい、白髪野郎」


「アンガス君」


「……その格好、まあまあ似合ってるじゃねーか。…いいか、あんな奴らの前で震えたりすんなよ。お前にはヤング家がついてるんだからな」


 乱暴な言葉の中に、確かに宿る信頼。サイラスは力強く頷いた。


 


 馬車が走り出す。車内には心地よい静寂と、二人の体温だけが残った。

 窓の外を流れる王都の夜景。サイラスは、自分の手が小さく震えていることに気づいた。期待よりも、まだ心のどこかに残っている過去の恐怖が、彼を揺さぶっているのだ。


 その時、温かい手がサイラスの手に重ねられる。


「…怖いですか?」


 イレーナの声は驚くほど穏やかだ。


「……少しだけ。エドワードたちの顔を見ると、あの屋根裏の寒さを思い出してしまいそうで」


「そう。…では、上書きしましょう。今の貴方の体温は、私のものですわ」


 イレーナはサイラスの手を引き、自分の頬に寄せた。そのまま彼の指先に一つひとつ、慈しむように接吻を落としていく。


「……っ、イレーナ様…」


「貴方の手は、もう書類を書くだけの道具ではありません。私と手を繋ぎ、私に愛されるためにあるのです。…夜会では、ずっと私の側にいてください。私が貴方の盾となり、剣となりましょう」


 彼女の琥珀色の瞳に見つめられると、不思議と震えが止まった。

 依存でも、代わりでもない。彼女が望んでいるのは、共に戦い、共に歩む自分なのだという確信。


「……はい。僕は、貴女の隣で胸を張ります。…それが、僕の今の願いですから」


 サイラスが微笑むと、イレーナは「…やはり、屋敷に連れ帰ってしまいたい」と小さく毒づき、彼を強く抱きしめる。その力強さが、今のサイラスには何よりも心強かった。




◇◇◇◇◇




 王宮の夜会会場。

 会場内は、すでに多くの貴族たちで埋め尽くされていた。

 話題の中心は、やはりヤング家とルーサー家の騒動だ。


「まだ見えませんわね、ヤング家の方は」

「本当に、あのゴミと呼ばれていた長男が来るのかしら? どうせ、ヤング伯爵が話題作りのために大げさに言っているだけでしょう」


 扇子の陰で交わされる冷ややかな会話。その中には、ひときわ暗いオーラを放つ一団があった。

 ルーサー侯爵、エドワード、そしてケイティーである。彼らは自分たちの正当性を主張するため、あえて会場の中央に近い場所に陣取っていた。エドワードは周囲に「兄は頭が狂ってしまった。ヤング家に誘拐されたんだ」と触れ回っている。


 だが、その喧騒を切り裂くように、儀典官の朗々とした声が響き渡った。


「ヤング伯爵、同夫人、イレーナ・ヤング令嬢…ならびに、その婚約者、サイラス・ルーサー様、ご入場でございます!」


 広間の巨大な扉が左右に開かれる。

 その瞬間、会場内のすべての空気が消えたかのような錯覚が一同を襲った。


 現れたのは深紅のドレスをまとい、威風堂々と歩を進めるイレーナ。

 そしてその隣で彼女と腕を組み、月光のような気品を振り撒きながら歩く、一人の青年。


「…………っ、あ、あれが……サイラス…?」


 エドワードの口から、引きつったような声が漏れた。

 そこにいたのは、自分たちが泥にまみれさせていた「ゴミ」ではなかった。

 

 磨き抜かれた銀髪がシャンデリアの光を反射し、真珠のような輝きを放っている。背筋を真っ直ぐに伸ばし、優雅な所作で一歩を踏み出すたびに、彼がまとう気品が会場全体を圧倒していく。

 その胸に輝くフクロウのブローチを見て、年配の貴族たちがどよめく。


「あれは…王立書記官の系統、没落したはずのサン・クレール家の紋章ではないか!?」 「不吉な白髪だなんて…。あれほどまでに神聖な、純白の輝きを放つ男が、かつていただろうか…」


 会場は静まり返り、人々は自然と左右に分かれた。

 イレーナはサイラスをエスコートしながら、わざわざルーサー家の人々が立ち尽くす前を、ゆっくりと通り過ぎる。


 サイラスは、かつて自分を虐げていた父と弟の前に来たとき、一瞬だけ足を止めた。

 エドワードは恐怖と屈辱で顔を歪ませ、侯爵は信じられないものを見るように目を見開いている。


 サイラスは彼らを蔑むことも、怯えることもなかった。

 ただ、遠い日の思い出でも見るかのような、冷淡で凪いだ瞳で彼らを見つめ、そして――。


「…ごきげんよう、皆様。今夜は、良い夜になりそうですね」


 鈴を転がすような、それでいて芯の通った声。

 彼は優雅に、一度も振り返ることなく、イレーナと共に国王が待つ玉座の前へと進んでいった。


「な…な……!」


 言葉すら出ないエドワードの隣で、ケイティーは扇子を握り潰さんばかりに震えていた。

 彼女が選んだ有能な駒であるエドワードと、目の前を通り過ぎた至宝たるサイラス。

 その圧倒的な格差を、会場にいるすべての貴族が目撃したのだ。


「…ふふ。サイラス様、今の皆様の顔、ご覧になりました?」


 玉座の前で、イレーナがサイラスにだけ聞こえる声で囁く。


「……はい。…少しだけ、胸が軽くなった気がします」


「それは良かったです。…さあ、ここからは、私たちの時間ですね」


 イレーナは、玉座に座る国王陛下に向かって完璧な礼を見せた。

 嵐のような逆転劇。その第一幕は、この上ない美しさと共に、華やかに幕を開けたのである。


相手を侮蔑する最大の方法は無関心でいることって女性向け小説に書いてあった


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