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第11話:聖者の噂と泥舟の足掻き

続きは明日のこのくらいの時間にー

 王都の社交界は、常に新しいスキャンダルに飢えている。

 特に今、貴婦人たちのティータイムや紳士たちの集まるクラブで、唯一と言っていいほど熱狂的に語られている話題があった。


「聞いたかしら? ヤング伯爵家が囲い込んでいるという、あのルーサー家の長男のこと」

「ええ、なんでも『数字の聖者』と呼ばれているそうですわよ。ヤング伯爵の莫大な資産を一晩で整理し、さらなる富を生み出したとか…」

「不吉と言われていたあの白髪も、実は建国神話に語られる守護者の証だという説が出ているんですって。不吉どころか幸福の象徴だなんて、ルーサー侯爵はとんだ宝物を手放しましたわね」


 噂の種をまいたのはヤング伯爵だ。しかしそれを大樹に育てたのは、かつてルーサー家から冷遇されていた商人たちや、ヤング家の権威の恩恵を受けたい貴族たちだった。


 今や社交界において、サイラス・ルーサーは『虐げられていた悲劇の天才』であり、彼を拾ったイレーナは『真の価値を見抜いた聡明な救世主』として称えられている。


 そしてその光が強まれば強まるほど、相対的に深い闇に突き落とされている人々がいた。




◇◇◇◇◇




「ふざけるな! どいつもこいつも、手のひらを返しおって……!」


 荒れ果てたルーサー侯爵家の広間。

 侯爵は手元に届いた数十通の契約解除通知と、借金返済の督促状を床に叩きつけた。


 サイラスがいなくなってから十日も経たないうちに、ルーサー家の経済状況は壊滅的な打撃を受けていた。帳簿の整合性が取れず、税務署からは監査が入るという通知が届き、筆頭融資元の銀行からは「ヤング家との紛争が解決するまで追加融資は凍結する」と突き放された。


「父上、もう限界です! 今日も騎士団から、私の賭博の件で事情聴取に来ると連絡がありました! 全部、あの女…イレーナ・ヤングの差し金に決まってます!」


 エドワードが髪を掻き乱しながら叫ぶ。かつての傲慢な面影はなく、その顔は睡眠不足と恐怖で土気色だ。


「お黙りなさい、エドワード。喚いたところで、現状は変わりませんわ」


 冷ややかな声と共に、ケイティー・グローステストが入室してきた。

 彼女もまた、焦燥の中にいた。彼女の実家であるグローステスト家が握っていた王宮への輸入利権が、ヤング伯爵によって法的な不備を突かれ、強引に買収されようとしているのだ。


「ケイティー嬢…! 何か、何か良い策は無いのか!? このままでは我が家は取り潰しだ!」


 侯爵が縋り付くように問う。ケイティーは扇子をきつく握り締め、憎しみに満ちた瞳で二人を見据えた。


「…正攻法では勝てませんわ。ヤング伯爵は王宮の法務官すら味方につけています。…ですが、三日後のお披露目夜会。あれこそがチャンスです」


「夜会で…何をするというのだ?」


「サイラスを奪い返すのです」


 ケイティーは不敵に微笑んだ。その笑みには、追い詰められた獣のような狂気が宿っている。


「世間が彼を『聖者』だの『至宝』だのともてはやすなら、それを逆手に取るのです。夜会の最中、国王陛下の御前で、サイラスがいかに精神的に不安定であり、ヤング家によって洗脳されているかを訴えます。…そして、彼がルーサー家でいかに『慈しまれていたか』を証言する偽の証人を用意しました」


「偽の証人?」


「ええ。ヤング家に買収された哀れな長男を、正義感あふれる弟と婚約者が救い出す…という筋書きです。陛下はスキャンダルを嫌います。一度でも疑惑の目を向けさせれば、ヤング家とサイラスの婚約を白紙に戻すよう命じさせることも可能でしょう」


「しかし、そんなことが……」


「やらねばなりません。…エドワード、貴方は夜会でサイラスに直接接触しなさい。あいつは臆病で意志の弱い男です。貴方が一喝すれば、すぐに昔の恐怖を思い出して震え上がるはずよ。そこを皆に見せつければいいのです」


 エドワードの目に卑劣な光が戻った。

 そうだ。サイラスは自分に逆らえない。あの屋根裏で、自分を見上げて震えていた「ゴミ」の姿。その恐怖を植え付け直してやればいいのだ。


「…分かりました。あいつを、皆の前で泣かせてやりますよ。そうすれば、誰が主人か思い出すはずだ」


 悪意を共有した三人の笑い声が、人気のなくなった広間に響く。彼らは自分たちが、ヤング家という巨大な蜘蛛が仕掛けた巣の、ど真ん中にいることにまだ気づいていなかった。




◇◇◇◇◇




 同じ夜。ヤング伯爵家の執務室。


「……ネズミたちが、何やら地下水道でコソコソと相談を始めたようですよ、お父様」


 イレーナが窓の外の闇を見つめながら告げた。

 側に控えるセバスが、ルーサー家の動向を記した報告書を伯爵に手渡す。


「ふむ。陛下を巻き込んでの逆転劇かい。…ケイティー嬢も、追い詰められて思考が短絡的になっているね。陛下が最も嫌うのは、スキャンダルではなく『自分の知性を侮られること』だというのに」


 伯爵は報告書を暖炉の火に投げ入れた。


「イレーナ。彼らが夜会でサイラス君を攻撃するつもりなら、あえてその場を用意してやろう。…追い詰められたネズミが最後にどのような醜態をさらすのか、社交界の皆さんにじっくりと鑑賞していただかなくてはね」


「ええ。…ですが、一つだけ条件がありますわ」


 イレーナの琥珀色の瞳が、冷たく燃え上がった。


「サイラス様を恐怖させるような真似だけは、万死に値します。…もし、エドワードが彼に指一本でも触れようものなら。その時は、私が直接彼を『始末』してもよろしいかしら?」


「ははは、ほどほどにね。…まあ、今のサイラス君なら、案外自分ではねのけてしまうかもしれないよ?」


「……?」


 イレーナは不思議そうに小首を傾げた。

 彼女の知らないところで、サイラスはアンガスの厳しい(?)特訓と、セバスの教育、そしてイレーナ自身の溺愛によって、確実に別の何かへと変わりつつあった。


 自分を愛してくれる人がいる。自分を待ってくれる人がいる。

 その確信は、かつて何も持たなかった少年の中に、静かで強固な牙を育てていたのだ。


 お披露目夜会まで、あと二日。

 嵐の前の静けさは、ヤング家の温かいスープの湯気と共に、静かに更けていく。


公衆の面前で泣かせるなんてしたら逆効果だと思うのだが

まあ切羽詰まっているので気付いていない


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


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