15 ドラッグ・ドラッグ・ドラッグ
教師としての生活を始めて、二週間が経った。
朝は決まった時間に起き、決まった教室で生徒たちを迎える。
それは驚くほど、平穏だった。
その間、エリの周辺で異変は起こっていない。
ユリウスから受け取ったリストに記されていた人物が、こちらに近づいている気配もなかった。
白洲に関する情報も、世間一般に知られている範囲を一歩も出ていない。
神探しは、完全に停滞していた。
その一方で、学園生活の方に目を向けると、俺は一つの問題を抱えていた。
事の発端は、ある簡単なおつかいから始まった。
「浅霧君、最近また来なくなりましたね」
職員室で、西岡がそうぼやく。
コーヒーカップを片手に、眉間にしわを寄せている。
浅霧斗真。
俺たちが受け持つクラスの生徒の一人だ。成績は中の下、目立たないが素行が悪いわけでもない。
ただ、ここ最近、ぱたりと学校に来なくなった。
「連絡は?」
「それが、家にもつながらなくて……」
西岡は困ったように笑う。
教師としてはまだ新米だが、生徒を気にかける姿勢だけは本物だった。
「ねえ、ベル君。ちょっと頼まれてくれない?」
「……家庭訪問か」
俺がそう言うと、西岡は申し訳なさそうにうなずいた。
ちなみにベル君というのは、俺の呼び名らしい。いつの間にか定着していた。
◇◇◇
廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。
「ちょっと君」
振り返ると、中年の男性教師が立っていた。
名前は確か、石原。教務主任だったか、副校長補佐だったか、曖昧なポジションの男だ。
「君は西岡先生の補佐だったよな」
「ええ」
「変わりはないか?」
「というと?」
石原は一瞬、言葉を選ぶように視線を泳がせた。
「いや、何もないならいいんだ。彼女も新任だからな」
「困ったことがあるなら、何でも言ってくれ」
善意なのか、義務感なのか。
それとも、もっと単純な下心からか。
真意は定かではないがそのやり取りの中に俺に少し引っ掛かりを覚えた。
◇◇◇
その日の放課後。
「……というわけだから」
俺はエリに事情を説明した。
「はいはい。私はいつも通り過ごしておくわよ」
エリは気の抜けた返事をする。
「俺の言った範囲からは出るな。それと、あまり一人で行動するな」
「心配しなくても、いつも通りユイたちと遊んでるから」
エリは比較的自由に学生生活を送っていた。
笑い、騒ぎ、放課後に寄り道をする。
その姿だけを見れば、どこにでもいる普通の学生だ。
もちろん、殺されるリスクがないわけではない。
だが、それはごく限られた状況下においての話だ。
この街で身分を持つ者を殺すというのは、それ自体が大きなリスクになる。
第一、確証がない。
エリが神の子だと断定できない限り、まともな人間なら動かない。
もし俺が相手の立場なら、動かない。
相手を一方的に把握し、監視し、動きがあれば掠め取る。
それだけで十分だ。
万が一、こちらから動くとすれば――
互いの生活圏が限りなく近づいた時か、神を殺す直前まで来た時だろう。
「にしても、西岡ちゃんってやっぱり人気なのね」
「……多分、それだけじゃないけどな」
◇◇◇
翌日、俺は浅霧の家を訪れた。
学校から歩いて三十分ほど。
地下の交通網を使えば五分で着く場所に、一軒だけぽつんと家が建っている。
表札は色あせ、郵便受けにはチラシが溜まっていた。
庭の雑草は伸び放題で、人が生活している気配はない。
インターホンを鳴らしても、反応はなかった。
本来、教師としては、ここで引き返しても問題はない。
むしろ、それが正解だろう。
だが、俺にはもう一つの目的があった。
――手駒が欲しい。
停滞した状況を打破するための、使える駒が。
敷地の周囲を観察し、何か手がかりを探そうとした、その時。
「こちらのお宅に、何かご用ですか?」
背後から声をかけられた。
振り返ると、スーツを着た男が二人立っていた。
片方は愛想のいい笑みを浮かべている。
もう一人は、無言でこちらを見つめている。
この家に近づいた時から感じていた視線。
気配から察するに堅気の人間ではない。特に無言の大男。警官や軍隊とはことなる、制圧でなく始末を前提とするその気配。前世で幾度となく感じたこの気配を間違えることはまずないだろう。
なによりも、俺に話しかけてきた男の目線。俺の腰、足元、手首を即座に確認したその目線がそう確信させた。




