第93話 その 血のハリケーン
仕事はただ星の山に行って、最も簡単なルートを取るだけだった
……はず、である。
現実?
俺たちは今、真っ赤に染まった荒れ地を命からがら走っていた。
理由は簡単。
血のハリケーンが追いかけてきているからだ。
そう、比喩じゃない。
本当に血で出来た竜巻。
悲鳴を上げる亡霊と液状化した悪夢を混ぜたような、存在そのものがアウトなアレ。
で、その地獄に突っ込むショートカットを提案したのは誰か?
そう。
俺だ。
頭の中ではナイアが叫んでいた。
《警告:血のハリケーン接近中。ステータス:極大。接触した場合、非不死者は“魂プリン”になります》
やめてくれ。想像したくない。
キャラハウスの車輪は赤熱して火花を散らし、
巨大エルクのネルソンは死に物狂いで疾走し、
セレーネは全宗教に一斉土下座でもしているのかという勢いで祈り、
壁にしがみついたカエルは叫んだ。
「なんで光速超えてんだよ!? 物理法則どこ行った!!」
リラはロナンに叫び、
ロナンは俺に叫び、
フェンリルは吠え、
アンナはセラフィナの足にしがみつき、
ナリは八ヶ国語で罵倒し、
――そしてセラフィナは窓から身を乗り出して笑っていた。
「ふふっ……最高。こういうの、大好き」
フレイとローグは屋根の上でスナックを食べながら、
「可愛い嵐ですね」「同感」
とか言ってる。さすが宇宙原初生命体。感覚が違いすぎる。
ルナは優雅にお茶を飲んでいた。
俺は――必死で平静を保っていた。
「ロナン!! もっとスピード出せないのか!!」
「なんでオレに言う!? 運転手じゃない!!」
「お前がハンドル握ってるだろ!!」
「頼まれてない!!」
「三分前に『任せろ』って言っただろ!!」
「アレは嘘だ!!」
背後で血の竜巻が咆哮し、亡霊の声で大気が震えた。
ナイアの“おすすめ”
「ナイアァァ!! なんでもいい! 血のハリケーン止める方法!!」
《検索中》
青いホログラムが開き――
……表示された方法は12億8744万1903件。
《血のハリケーンを安全に無力化する推奨スキル》
・真虚
・混沌創造
・全視の慧
・真陰陽
・血概念上書き
・特異点創造
・虚構宇宙書換
・無涯の力
・法の完全円
・世界繋ぎ:絶
・書換:ハリケーン=ハリケーンではない
俺「……ナイア、オーバーキルが過ぎる。地球どころか宇宙も消えるだろこれ」
《12%の“原初能力”だけ使えば安全です》
《失敗すると大陸が消えます》
「……安心できる要素ゼロなんだけど」
血肉の竜巻がキャラハウスに触れかけ――
全員「ぎゃあああああ!!」
セラフィナ「もし死んだら、全員呪うからね!」
ローグ「死んだら現実を訴える!!」
フレイ「主よ、この嵐は可愛いですね。小型です」
「小型じゃねえ!! 魂溶かすんだぞ!?」
「子犬嵐ですよ」
「可愛い基準どうなってんだ!!」
俺、キレる → 「特異点創造」
「――もう限界!!」
俺はキャラハウスから飛び出し、赤い荒野の上に浮かび上がった。
髪は原初エネルギーで逆巻き、
空間は割れ、
世界は歪む。
血のハリケーンは、捕食者を前にした獣のように震えた。
「……じゃあ、試すか」
掌を上げる。
――特異点創造。
小さな黒い球が生まれた。
一見ただの点。しかし、その密度は概念を捻じ曲げるほど。
俺はそれを、さらに圧縮した。
さらに。
さらに。
血の嵐は恐怖に震えた。
「そうだ。震えてろ。ママは疲れてんだよ」
投げた。
黒球は小さな重力井戸に膨らみ、
ハリケーンを構成するすべてを吸い込んだ。
呪われた血。
迷い込んだ魂片。
腐りきったマナ。
絶叫する風。
全部。
折り畳み。
圧縮し。
無へ――。
ぽんっ。
音を立てて消えた。
俺が降りると、皆がぽかんとしていた。
ロナン「……早くやれよ!!」
俺「ロナン、黙れ」
セレーネは抱きつき、
アウレリアは平然を装い、
ルナは後ろから抱きしめてくる。
「ご主人さま……心臓に悪いです」
セラフィナ「今の、すっごく良かったわ」
フレイは親指を立て、
ローグは二本立て、
カエルは必死にメモし、
アンナは足に抱きつき、
フェンリルは拝んできた。
俺はため息をついた。
「……うん。ショートカットが悪かったのは認める」
リラ「“かも”じゃなくて“完全に”ね!!」
ナイア登場
《おめでとうございます! 全滅を防ぎました!》
「ありがとうって言うと思うか?」
《次の警告を開始します》
心臓が強く跳ねた。
「……何の警告?」
《“山星の山・第一試練”が接近中》
《危険度:不可能》
空気が止まった。
ロナンが気絶した。
セラフィナは笑い、
アウレリアは剣を抜き、
ルナは俺の隣に立つ。
「ご主人さま……参りましょうか」
遥か彼方には巨大な山――山星の山がそびえている。
俺は涙目になった。
私は遠くにそびえ立つ山を見つめ、この状況に対処しなくてはならないことを思って泣き始めました。




