第92話 16人の旅人と星の山
ソラリスの事件から、穏やかな二週間が過ぎた。
休養と飲酒と訓練と食事と、貴族を避けつつ、ロナンの発言に毎回殺意を抑える――そんな二週間。
そして、ソラリス王から叙任されて“騎士”となってからの二週間でもあった。
……正直、まだ慣れない。
だが今――
その時が来た。
「星の山」へ向かう時が。
願いが現実になる唯一の場所。
そして、ほぼ確実に死ぬ場所。
私はカラハウスのメインルームで、女王陛下から報酬としてもらった地図を広げていた。
「ニャ、この地図スキャンして。これ、何が描かれてるの?」
ニャが即座に立体ホログラムを投影する。
火山地帯。
永遠の吹雪。
止まない雷嵐。
宇宙的恐怖図鑑から飛び出したような化け物たち。
……逆さまの湖(???)
私は見つめた。
まばたきした。
もう一度見つめた。
「ニャ……これ地図じゃない。自殺予定表だよ。」
彼女は明るく答えた。
[正解! 平均的な人間の生存率:0%。 あなたのパーティーの場合:0.04%]
「わーお。やる気出るね。」
背後では、ロナンが鼻歌まじりに斧を研いでいた。
「リリア、俺は誓うぞ。星の山に着いたら、俺の願いは一つ――
妻を十二人手に入れる!」
リラがブーツを顔面に投げつけた。
「まず脳みそを願え!」
ダリウスは笑い、カエルはメモを取り、
アンナはビスケットを食べ、
ナリはそのビスケットを盗み、
フェンリルはただのんびりし、
フレイとローグはなぜか天井で腕相撲をし、
ルナは無言で剣を磨いていた――まるで訓練されたヤンデレのように。
……いつもの狂人パーティーの朝。
私はため息をついた。
「よし、みんな。荷物まとめて。出発するよ。」
その時、足音が聞こえた――
柔らかく、上品で、高そうな足音。
現れたのはエルサだった。
旅装束に軽鎧、ブーツ、季節用のマント、そして自分の体より大きなバッグを背負っている。
その後ろには腕を組んだアウレリア。
表情は硬い。
「……アウレリア? なんか、税務署から手紙でも届いた顔してるけど?」
アウレリアは咳払いをした。
「リリア……王がエルサ殿下に、我々との同行を許可された。」
私は固まった。
エルサを見た。
再びアウレリアを見た。
「……もう一度言って?」
アウレリアは続けた。
「エルサ王女は――あなたの弟子になる。」
左目がピクッと痙攣して、空間に小さな時空の歪みが発生した。
「ごめん、今、フランス語で話した? なにそれ、どういう意味で彼女が“ついてくる”の?!」
エルサは困ったように笑って手を振った。
「こんにちは!」
「ダメ! 絶対ダメ! 見て! うち何人いると思ってるの!?」
私は皆の方を向き、叫んだ。
「数えてみようか!
1:私。
2:アウレリア。
3:ルナ。
4:セラフィナ。
5:ダリウス。
6:ロナン。
7:リラ。
8:セレーネ。
9:カエル。
10:ナリ。
11:アンナ。
12:フェンリル。
13:フレイ。
14:ローグ。
15:ネルソン。」
ロナンが頭をかいた。
「え、それって……法律違反とかじゃね?」
「そんな法律あるかバカ!」リラが平手打ち。
私は両手を投げ上げた。
「私たち、もう“超常保育園”みたいなもんじゃん!」
そしてアウレリアが爆弾を投下した。
「……借りがあるでしょ。」
空気が凍った。
「……借り? 何の話?」
アウレリアの顔が一気に赤くなる。
「キスの件よ、バカ。」
部屋中が:
「おおおおおおおおおおおおっ!!!」
ルーシーが口笛を吹き、
セラフィナが眉を上げ、
フレイがにやりと笑い、
ローグは爆笑しすぎて異空間の床に落ちた。
そしてルナは――
微笑みながらも殺気を放ち、窓ガラスが凍りついた。
私は咳払いをした。
「アウレリア、あれは情熱とロマンスと感情の爆発の瞬間で――
しかも最初にキスしてきたのはそっちだよね!?」
「してない! あなたの方が近づいたのよ!」
「引き寄せたのはそっち!」
「目を閉じたのはあなただ!」
「腰を抱いたのは君だろ!」
観客席(うちの仲間たち)は爆笑。
エルサがアンナにささやく。
「……いつもこうなの?」
アンナはこくり。
「毎日。」
私はこめかみを押さえた。
「アウレリア。教えるのは構わない。旅に同行してもいい。
でも、よりによって今?! “星の山”だよ? 死ぬよ? 普通に死ぬ場所だよ?!」
エルサが一歩前に出た。
「分かっています。でも強くなりたいんです。もう、守られるだけの王女ではいたくない。
あなたが私の国を救ってくれた。今度は、私が世界を救う番です。」
深く頭を下げた。
……そして小声で付け加えた。
「あと……父上が“外交的絆を深める良い機会だ”と。」
ああ、出た。
王家の政治。
古来からの天敵。
私は顔を手で覆った。
「アウレリア、うち今、竜の子供と吸血鬼と二人の始祖まで抱えてるのよ!?
そこに王女まで追加とか、私死ぬんだけど!?」
アウレリアは肩をすくめた。
「そうね。」
「なんでよ!?」
「……他の誰にも、彼女を任せたくないの。あなた以外には。」
――それは、ちょっと刺さった。
エルサもうなずく。
そしてルナが私の袖をそっと引いた。
「ご主人様……彼女はあなたに憧れているんです。行かせてあげましょう。」
私は、魂が抜けるようなため息をついた。
「……分かった。エルサ、同行を許可する。」
全員、歓声。
「でも!」
「私の部屋では寝ないこと!」
アウレリアがピクリと反応して真っ赤になる。
「も、もちろん。」
ルナの殺気がすっと消えた。
ナリはくすくす笑い、
セラフィナは全てを見通したような悪女の微笑み。
エルサは純粋な笑顔で言った。
「ありがとうございます、リリア! 頑張ります!」
こうして、カラハウスはソラリスを後にした。
新しい物資を積み込み、
武器を研ぎ、
始祖の力を安定させ、
長い旅に備える。
エルサは隣で熱心にノートを取り、
アウレリアは屋根の上で腕を組み、王女を睨みながら見守り、
ルナは私の隣で、小指をそっと絡めて――
無言の宣言をする。「これは私の人」。
他の仲間たちは雑談したり、ゲームしたり、作戦を立てたり。
そして私は――
呪われた地図を見つめながら、死んだ魚のような目をしていた。
「ニャ……なんで私、これに“いいよ”って言ったんだっけ。」
ニャがピコッと返す。
【あなたは優しくて、好きな人たちに“ノー”と言えない性格だからです】
「……それ、ほんと嫌。」
ロナンが背中を叩く。
「心配すんなリリア! 山に着いたら俺の願いは――」
「“妻”って言ったら消す。」
「……はい黙ります。」
そして――
16人の旅人。
3人の始祖。
1人の真祖吸血鬼。
1人の精霊竜の少女。
そして“歩く災厄”リリア・フォスター。
私たちは旅立った。
願いが叶う山へ――
運命が待つ場所へ。




