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新しい女神  作者: ジュルカ
その ガラ アーク

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第89話 女神の怒り

上では、まだ音楽が流れていた。

笑い声と杯の音が、下にいる罪なき者たちの泣き声をかき消していく。

黄金と光に包まれた貴族たちの足元――

その真下で、闇が蠢いていた。


そして今、セレネは――

その闇がどれほど深いかを知ることになる。


王国の下での待ち伏せ

――王国の地下の待ち伏せ


セレネは影の中に身を潜めていた。

聖なる気配を限界まで封じ、息を潜め、瞳だけが鋭く光る。

視線の先では、貴族たちが嘲笑いながら取引の話をしている。

彼女の胸の奥で、静かな怒りが燃え上がった。


カエルは檻の中にいた。

弱りきり、意識はかろうじて。

周囲にはエルフや獣人、亜人たち――

誇りも、希望も、自由も奪われた者たちの群れ。


セレネの唇が震える。


「これが……舞踏会の裏で行われていたこと……?」

「……許さない。全部、灰にしてやる。」


彼女は一歩踏み出し、杖を構える。

掌に光が集まる――。


だが、その瞬間。


“何か”が動いた。


影が壁から剥がれ落ちるように形を取り、

巨大な何かが彼女の背後から現れた。


振り返る間もなく――

太い腕が彼女の喉を掴んだ。


「捕まえた。」


低く濁った声。

不可視の力が彼女の体を持ち上げる。


透明化が砕け散り、光がはじけた。

セレネは男の手首を掴むが、まるで鋼鉄のように動かない。

彼の体から放たれるのは――魔力ではない。

反魔力アンチマナ

神聖を押し潰す、歪んだ力だった。


貴族たちが驚き、

やがて状況を理解して笑い始める。


「ほう……これは珍しい。」

宝石のカフスを直しながら、ひとりの男が言った。

「エーテリスの聖女様ではないか? まったく幸運だな。」

「いや、不運かもしれんぞ。」別の男が笑う。

「その美貌だけで、王国ひとつ買える。」


セレネは暴れるが、巨躯の男の手はびくともしない。

その手から、光る刻印が広がり、彼女の手首を縛る。

魔力を呼び出そうとしても、何も応えない。

力が、食われていく。溶けていく。


「……な、何なの、これは……」


前に出たのは、先ほど盗み聞いたあの貴族だった。

首には銀のアミュレット。中央で赤い宝石が脈打っている。


「興味深いだろう?」と男は言った。

「この護符は、どんな魔力も感知できる。封印されていようと、隠されていようとね。

誰も我々の網からは逃れられない。」


セレネの瞳が見開かれる。


「……そうやって、私を見つけたのね。」


黒鎧をまとった半オーガの巨人――

彼が彼女を片手で持ち上げ、にやりと笑う。


「可愛い顔して、こそこそ嗅ぎ回ってんじゃねぇ。

お前は生きてた方が高く売れる。」


彼はカエルの隣の空き檻を蹴り開け、

セレネを放り込んだ。

金属音が響き、扉が閉まる。

その音だけで、肌が粟立つ。


すぐに檻の格子が青く光った。

力が抜けていく。

聖なる光が、闇に飲まれる。


反魔力鋼アンチマナ・スチールだ。」

貴族が満足げに言った。

「触れただけで魔力を吸い取る。高位神官だろうが、半神だろうが無力だ。」


鉄格子の向こうで、笑う顔が並ぶ。

欲望と傲慢の化身たち。


「これは高値で売れるな。」

「生きたままの女神だ。純粋で、穢れを知らない。コレクターどもが殺到するぞ。」

「死体じゃ値がつかん。丁重に扱えよ。」


セレネは力の抜けた体で、なおも睨みつけた。


「……必ず後悔させてやる。光に誓って……お前たちを滅ぼす。」


男たちは笑いながら去っていった。


In the Cage of Silence


――沈黙の檻の中で


貴族たちが去ると、部屋は闇に沈んだ。

青白く揺らめく反魔力鋼の光だけが、囚われた者たちの顔を照らしている。


セレネは掌を鉄格子に当てた。

触れるたび、魔力が吸われるような感覚。


「……これが、“無力”ってやつか。」


視線の先、カエルがいた。

ボロボロの体で、それでも笑っていた。


「来てくれたんだな。」

声は掠れているが、どこか嬉しそうだ。

「まったく……お前はいつも無茶をする。」


「死なせるわけないでしょ。」

強がる声――でも、少し震えていた。


カエルが弱く笑う。


「じゃあ……俺たち、似た者同士だな。」


二人はしばらく黙って座った。

遠くで、子供の泣き声。

獣人の母が子をなだめる子守歌。

エルフの古代語の祈り。


セレネは目を伏せた。


「……ごめんね、カエル。

あなたも、彼らも、救えなかった。」


「違う。」

かすれた声が返る。

「俺たちはまだ生きてる。

生きてる限り――戦える。」


セレネは顔を上げた。

檻の中で、それでも希望を捨てない彼を見て、

思わず笑った。


「……そうね。なら、必ず抜け出そう。どんな手を使ってでも。」


だが、その言葉の裏で、現実が囁く。

反魔力鋼が、あらゆる魔法を無効化する。

通信魔法も封印され、リリアにもルナにも連絡が取れない。


彼らは――完全に孤立していた。


Above, in the Grand Hall


――その頃、上の大広間では


地下に絶望が満ちている間、

地上の舞踏会は、なお輝きを増していた。


音楽。笑い声。

ワインの香りと、光の海。


その中を、一人の少女が静かに歩いていた。

金の髪、翡翠の瞳。

水面のように輝くドレスをまとい――


ソラリス王女、エルサ。


彼女は数時間前に姿を消し、

王宮の下に潜む“何か”の噂を追っていた。


そして、見てしまった。

檻の列。

貴族たちの取引。

“王国の闇”。


血の気が引いたまま、彼女は廊下を駆けていた。


曲がり角で、衛兵二人が立っていた。


「王女エルサ! お探ししておりました!」

「舞踏会から姿を消されたと――」


彼女は一瞬固まり、そして微笑んだ。


「……少し、気分転換に歩いていただけです。」

「殿下、お戻りください。陛下がご心配です。」

「ええ、すぐに戻りますわ。」


兵士たちは礼をして去る。

だがエルサは、彼らが消えると同時に――逆方向へ走った。


「……誰も信じてくれない。

評議会は貴族たちを庇う。

でも、もしかしたら――」


足が止まる。


大食堂の隅に、ひとりの女がいた。


金の髪、黄金の瞳。

皿を片手にワインを飲みながら、

もう片方の足で――ナンパしてきた貴族を股間から蹴り飛ばしていた。


「もう一度触ったら、

お前の家系を“歴史という概念”から削除する。」


貴族が悲鳴を上げて崩れ落ちる。


エルサは瞬きをした。

そして、安堵の息をつく。


「……見つけた。」


彼女はその女――転生した原初の女神、リリア・フォスターに歩み寄る。

ヒールの音が大理石に響いた。


リリアはフォークを口に運びながら顔を上げる。

黄金の瞳が細められる。


「……あんた、王女だっけ? その顔。幽霊でも見た?」


エルサは一瞬ためらい――そして、拳を握る。


「幽霊じゃないわ。」

震える声。

「……もっと、ひどいもの。」


リリアの視線が鋭くなる。


「……ほう?」


エルサは深く息を吸い、声を潜めた。


「この城の地下で……奴隷売買が行われています。

父の貴族たちが、捕らえた人々を――今この瞬間も。」


空気が止まった。


リリアはゆっくりとフォークを置く。


「……もう一度、言って。」


エルサの声が震える。


「彼らは何百人も捕らえています。

そして――あなたの仲間、カエルとセレネも、その中に。」


パリン――。

リリアの手の中で、グラスが砕けた。


黄金の瞳が、熔けた恒星のように光る。


「……なるほど。」


気温が下がる。

光が揺らぐ。

その場にいた全員が――

人も、神も、息を呑んだ。


リリアが立ち上がる。


「――檻を、壊しに行くわ。」

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