第86話 ぎこちない入場
ソラリス王国の王立舞踏会。
その場に足を踏み入れた瞬間を一言で表すなら――
「気まずい」。
時間が止まるほどの気まずさ。
貴族全員がこちらを向き、
まるで「神への冒涜の概念を香水にしてまとってきた人間」を見たような顔をする。
……まぁ、実際あながち間違ってはいない。
会場は息を呑むほど壮麗だった。
金とガラスの海。
宙に浮かぶシャンデリアは“捕らえられた星々”のように輝き、
その光は壁面の魔晶を反射して虹色の光を放つ。
流れる音楽は優雅で、柔らかく――
「静かにしろ、庶民」とでも囁くような旋律だった。
そして私たちは、そこに登場した。
――三柱の原初神(くしゃみで宇宙を消し飛ばせるレベル)、
――真祖の吸血鬼(ゴシックCEOの貫禄)、
――獣人二名、
――うっかり都市を吹き飛ばした冒険者四名、
――小柄な竜娘一名、
――そして私。
“複写の女神”。
最近アップデートされて“新たなる女神”扱いになったけど、
心の準備はまだできていない。
……要するに、完全に浮いていた。
空気が、止まった。
葬式レベルの沈黙。
楽団の音も止まり、
針が落ちる音すら聞こえそうな静けさ。
(いや、次元亀裂の音じゃないことを祈る。)
私は入口で固まったまま、引きつった笑顔を浮かべる。
「ねぇルナ……完全に見世物だよこれ。」
「正確には、あなたが“主催”です。」
「余計悪い!」
視線のすべてが私たちに――いや、私に注がれていた。
畏怖、困惑、好奇。
ローグが笑みを浮かべただけで、気絶した貴族が一人いた気がする。
そのとき、玉座の前で二つの光が目に入った。
――ソラリス国王と王妃。
王は長身で、黄金の髪と灼熱の瞳を持ち、
立っているだけで“神聖権能”を放っていた。
王妃は光そのものを紡いだようなドレスに包まれ、
そのマナの精度は、息をするだけで天界を感じるほど。
彼らはただの統治者ではなかった。
ほとんど神そのものだった。
そして、その傍らで王妃と優雅に談笑していたのは――
アエセリス国王アラリック。
つまり、オーレリアの父。
その隣には、銀髪の女性。
穏やかで澄んだ瞳、
そして氷のようなルナをも溶かす温かな気配を纏っていた。
「まさか……あれって……」
「母上です。」
オーレリアが静かに言う。
「アエセリスの王妃、エリシア。」
「……すごく優しそう。」
「だから怖いんです。」
その間にも、私の仲間たちは全力で“平然を装おうとして失敗していた”。
ロナンは棒立ち。王国衛兵を演じているらしい。
カエルはナプキンに魔力数式を書いている。
セレーネは既に全神に祈りを捧げ中。
リラはバイキング横の貴族令嬢にさりげなく口説きを入れ、
セラフィナは完全に“この城は私の別荘”の顔。
フレイとローグは、私の困り顔を楽しみながら優雅にワインを揺らしている。
そしてルナは――
一人だけ完璧。
ワインを口にしながら、まるで「格式そのもの」の女神だった。
「全員、こっち見てる……」
「当然です。」ルナが言う。
「あなた、“神性”をまとってますから。」
「あなたもでしょ!」
「私のは“洗練”。あなたのは“反逆”です。」
「反逆って何よ!」
「あなた、赤面するとドレスが光ります。」
「なにそれ!?」
その時、アエセリス国王――アラリックがこちらを見た。
……正確には、私を。
あ、やばい。
その表情、あらゆる感情を一秒でコンプリートしていた。
驚愕 → 困惑 → 動揺 → そして明らかな「うわ、来た」の顔。
視線がオーレリアに向き、
「まさか彼女を制御できているんだろうな」と言わんばかり。
オーレリアは苦笑し、「努力してます」と口パクで返した。
貴族の一人がようやく近寄ってきた。
恐怖より好奇心が勝ったらしい。
「まぁ……なんとも個性的な一団ですわね。どちらの国から?」
「まぁ……フリーランスってところです。」私は笑って答えた。
「……フリーランス?」
露骨に信じていない顔。
ルナが優雅に微笑み、会話を引き取った。
「“概念修復と世界構造設計”を専門とする、
自由契約の形而上建築士です。」
貴族:「……は、はい。なるほど。」
数歩後ずさり、まるで“異形の税務官”に遭遇したような顔で退散した。
「今の……すごい。」
「堂々と嘘をつくコツです。」
「弟子入りさせて。」
――そして、平和は八分三十七秒で終わった。
(正直、もっと早いと思ってた。)
カエルが開けたシャンパンが暴発し、
ボトルが宙を飛ぶ。
リラが風魔法でキャッチ、
セラフィナが血液操作でグラスを守り、
私は――反射的に“リミットレス・コピー”を発動して魔力場を安定化。
結果、照明が全部点滅。
その瞬間、会場の貴族が一斉に跪いた。
“銀眼の発光=神顕現”と勘違いしたらしい。
「……ニャ、今で何分?」
《八分三十七秒です。》
「新記録!」
オーレリアが額を押さえた。
雷鳴級の音がした。
「言ったでしょ、“神気禁止”って!」
「反射よ!」
「反射でシャンデリアを恒星に進化させるな!」
「だって落ちそうだったし!」
「太陽核に安定化する必要あった!?」
「……感謝の言葉は?」
ローグが笑い、フレイが微笑む。
「これでも“混沌控えめ”ね。」ローグ。
「前回原初が参加した時、三界消滅したもの。」フレイ。
「ほら! 成長してる!」
「ギリね。」ルナがため息。
そのとき、王城中に響くアナウンスが。
「――アエセリス国王アラリック陛下と令嬢オーレリア、
そして“自由の女神”リリア・フォスター並びにその随行者一同、御入場!」
……全員の視線が、再び私に。
「……この瞬間が一番嫌い。」
「でも楽しんでますね。」ルナが笑う。
「……否定できない。」
私たちは歩き出した。
人の海が、光を避けるように道を開く。
囁き、息、驚き――その全てが私たちを追う。
見上げれば、眩しいシャンデリア。
耳には音楽、目の前には黄金の波。
思う。
――“あの日、線路の上で一人を救った私”が、
今こうして“神々の中”に立っている。
現実味なんて、もうどこにもなかった。
オーレリアが微笑む。
「大丈夫?」
「うん。ただ……爆発しないようにしてる。」
「今夜は十分快耐えてみて。」
「それ、野心的すぎ。」




