第80話 再会
北の風が、クリオヴェインの山々を吹き抜けていた。
その風が運ぶのは、戦の残響――
竜の咆哮が消え、玉座が砕け、時の線が再び織り直される音。
雪はまだ静かに降り続けている。
まるで、燃え尽きた焔の灰のように。
その冷たい白の静寂の中――
一つの〈門〉が、光をまとって開いた。
そこから現れたのは、リリア・フォスター。
意識は朦朧。
笑みは微か。
全身から力が抜け――ルナにお姫様抱っこされていた。
背後で、ポータルが閉じる。
ザクとの戦いの傷跡を、静かに封じ込めながら。
フェンリルが続いて出てくる。
毛は焦げていたが、生きている。
セラフィナもすぐ後に降り立ち、紅い瞳が雪の中で輝いた。
前方で――
五つの人影が、同時に振り向いた。
オーレリア。セレーネ。ダリウス。カエル。そしてライラ。
一瞬、時間が止まる。
そして――
「リリア!!!」
五人の叫びが重なった。
私は手をゆっくり上げて、力なく笑った。
「……やっほー。会いたかった?」
その瞬間、全員が走り出した。
最初にぶつかったのはダリウス。
「十年分寿命縮んだぞ!」と叫びながら、抱きついてくる。
セレーネは途中で泣き出した。
カエルは杖を抱えたまま転んだ。
ライラは笑いながら泣いていた。
そして――オーレリアは真っすぐ私の元へ来て、
襟を掴み、叫んだ。
「この……無茶で、馬鹿で、自分を犠牲にしてばっかりの――!」
声が震え、頬が赤くなる。
「次死んだら……私が引きずり戻すから!」
私は疲れた笑みを浮かべる。
「……つまり、心配してくれたってこと?」
「勘違いしないで!」
彼女は顔を背けた。頬は、セラフィナの瞳よりも赤い。
「……典型的ツンデレだな。」
「何か言った!?」
「いーえ~何も~。」
(※ルナがしっかり抱き直してくれた。オーレリアが本気で殴りそうだったから。)
セラフィナとフェンリルが歩み寄る。
セラフィナが微笑む。
「結局……あなたの混沌も、世界を壊せなかったみたいね。」
フェンリルは深く頭を下げた。
「……我が村を救ってくれて、ありがとう。私自身も。」
私は苦笑した。
「お礼ならルナに。神を殴って爆散させたのは彼女だから。」
ルナの頬が少しだけ赤くなる。
「……必要な処置でした、ミストレス。」
セラフィナが首を傾げた。
「まだ“ミストレス”って呼ぶの?」
ルナはすぐに背筋を伸ばし、胸に手を当てた。
「彼女は私に“存在の意味”を与えました。それは決して変わりません。」
静寂。
そして、空が震えた。
――フレイとローグが、嵐の彼方から舞い降りてきた。
フレイは銀の光をまとい、春のような暖かさを放つ。
ローグは氷片を指先で転がしながら、退屈そうに欠伸した。
「相変わらず、派手な登場だな。」ローグがぼやく。
「アビスの底からでもドラマの匂いがしたぜ。」
ルナが目を見開く。
「フレイ……ローグ……まさか、二人同時に召喚されたの?」
二人は同時に頷いた。
「我らの主が呼んだのです。」
フレイが柔らかく微笑む。
「必要な時まで共に戦い――そして、もう必要なくなった。」
ローグが肩をすくめる。
「今じゃ俺たち、脇役みたいなもんさ。
何せ主様が“原初”になっちまったんだ。」
ルナの瞳が光り、涙が浮かぶ。
「……本当に……なったのね。
彼女が……私たちの仲間に……」
彼女は震える手で私の頬を見つめた。
「ミストレス……ごめんなさい。守りきれなかった……」
私は手を伸ばし、ルナの頬を優しく撫でた。
「……ルナ。あなたは失敗なんてしてない。
戦ってくれた。みんなを守ってくれた。それで充分よ。」
その瞬間、彼女の涙がこぼれた。
無表情な時空の女神が――泣いていた。
「……もう、二度と戻らないと思ってました。」
「私は、戻ったわ。
そして、二度と離れない。」
フレイが微笑み、ローグが鼻を鳴らす。
「時空の原初が泣くなんて、珍しい光景ね。」
「だろ? まぁ、泣く相手のセンスはいい。」
「……否定できないわね。」オーレリアがぼそり。
――時が流れる。
嵐が止み、
彼らは廃墟の外で焚き火を囲んでいた。
雪が橙に染まり、夜空には静かな星。
ロナンとナリが戻ってくる。
アナは彼の背で眠っていた。
その小さな手には、竜の紋章が光っている。
ライラは肉を焼こうとしていたが、
ローグが何度も“飴”に変えて遊んでいる。
セレーネはダリウスの肩で寝息を立て、
カエルは神力理論を延々と書き続けていた。
私は――ルナの肩にもたれていた。
半分眠りながら、フレイとローグの説明を聞いていた。
フレイの声が穏やかに響く。
「ミストレスが倒れた時、彼女の本質は“死”ではなく“超越”に至りました。
〈虚構宇宙〉へと入り、自身を再構築するために――
六十万年の修行を積んだのです。」
一同、固まる。
「ろ、六十万年!?」ダリウスが叫ぶ。
ローグが笑いながら肩を竦めた。
「お前らの時間で言えば、十五分だ。」
カエルが顔を引きつらせる。
「……それでも十分に恐ろしい。」
ルナが静かに言った。
「そして、彼女は――あの法則を“書き換えられる”ほど強くなった。」
私は微笑む。
「つまり……死ぬのも、今じゃ修行みたいなもんね。」
オーレリアが睨む。
「冗談言わないで。」
「……クセで。」
焚き火の音だけが響く。
雪がゆっくりと炎の光を受けて落ちていく。
ルナが囁く。
「本当に……戻ってきたんですね。」
「当たり前でしょ。
あんな陰気な神に、最後を取られてたまるもんですか。」
ルナは笑いながら泣いた。
「……本当に、どうしようもない人。」
「そっちこそ……泣き虫女神。」
「……あなたにだけ、ですよ。」
――何も言えなかった。
ただ、彼女の肩に頭を預けた。
静かで、優しい時間。
戦火の後の“生”の温もり。
フレイが空を見上げる。
「時の線は、すべて安定しました。」
ローグが伸びをしながら言う。
「よかった。今週また世界崩壊したら、さすがにストライキだったな。」
みんなが笑った。
オーレリアも、笑いをこらえきれなかった。
――そして、久しぶりに。
世界は、終わらなかった。
ただ“生きていた”。
焚き火が小さくなり、夜が深まる。
私は仲間たちを見つめながら、そっと呟いた。
「……まだ終わってない。
でも、今度は――みんな一緒だ。」
その言葉に応えるように、
遥か彼方の星々が、微かに笑った気がした。




