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新しい女神  作者: ジュルカ
北部地域

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第78話 原始人が到着した

闘技場は、もはや闘技場ではなかった。

そこは――氷の墓標。

風が鎮魂歌のように唸る、氷の大聖堂だった。


砕けた石片が宙に浮かび、

それを凍りつかせているのは――ゲルヴァスの“冷気の覇気”。


中央に立つ〈氷の玉座フロスト・スローン〉。

結晶の翼を広げ、氷の神のように笑っていた。


対するオーレリアは膝をつきかけ、

剣を震わせながらも、なお立っていた。

鎧はひび割れ、唇から流れた血は頬で凍りつく。

吐く息さえ白い霧となって散る。


「それが限界か、聖女セイント?」

ゲルヴァスは愉快そうに笑う。

「神の刃を名乗りながら、凡人のガラスより脆いとは。」


オーレリアは口元を拭い、低く言った。


「……口が、よく回るのね。」


そして――突進した。


剣と爪がぶつかる。

衝撃音が空気を裂き、何度も、何度も。

閃光が交錯するたび、空が鳴った。


彼女の〈聖域のセイントオーラ〉は限界を超えて輝く。

だが相手は――もはや“人”ではなかった。


彼は“冬”そのもの。

冷たく、絶え間なく、終わりを知らない。


渾身の一撃。

彼の胸に深い傷が刻まれる――が、すぐに凍って塞がった。


「面白い。」

ゲルヴァスが微笑む。

「空さえ凍る中で、膝を折らぬ半神か。無意味だが――見事だ。」


オーレリアの膝が折れた。

呼吸が荒い。

剣も霜に蝕まれ、魔力は枯渇寸前。


遠くから――ダリウスの叫び、セレーネの祈り、ライラの弓弦の音、

カエルの詠唱。

すべてが遠い。

届かない。


ゲルヴァスが爪を上げた。

絶対零度の槍が形成される。


「ならば、誇りごと凍りつけ――小さな炎よ。」


――投擲。


空気が潰れた。

凍てつく槍が音を置き去りにして飛ぶ。


オーレリアは微笑んだ。


「……いいえ。」


剣を掲げたが、腕が動かない。

世界が――遅くなる。


そして――


――轟音。


紅と銀の光が爆ぜ、闘技場を飲み込んだ。

風が吠え、氷が砕け、地が裂け、

ゲルヴァスは――初めて、一歩、後退した。


光が晴れたとき。

そこに、二つの影が立っていた。


ひとりは、銀の髪を流す女。

その瞳には、白と黒――〈生〉と〈死〉の二つの輪が輝く。

存在そのものが、空気を咲かせ、そして枯らした。


もうひとりは、黒いコートを羽織った男。

悪魔のような笑み。

そのオーラは色も形も定まらず、現実が彼を理解できない。

紅い瞳が、理を喰らうように燃えていた。


――〈原初の双星〉。

命と死の始源――フレイ。

混沌の原初――ローグ。


ゲルヴァスの笑みが消えた。

温度がさらに下がる。

だが、それは彼の力ではなかった。


「……ありえぬ。原初が……封印されたはず……!」


ローグは首を鳴らし、ニヤリと笑う。

「まぁ、その件なんだけどな……」

胸を親指で指す。

「今は“ローグ”って呼ばれてる。俺たちのミストレス様のおかげでな。」


「……主だと?」

ゲルヴァスの眉が跳ねる。

「貴様らが誰かに仕えるだと?」


フレイは穏やかに微笑んだ。

だが、その声音には死神のような静けさがあった。


「仕える、ではありません。――“従う”のです。

彼女は私たちに、宇宙でただ一つ与えてくれたのです。

“名前”と、“意味”を。」


「名前? そんなものに……何の価値がある。」


フレイの輪が淡く光る。


「ありますよ。――リリア・フォスターに呼ばれた“名”なら。」


ゲルヴァスが――凍った。

瞳孔が広がる。


「……リリア・フォスター? 馬鹿な……ザクが確かに殺したはず!」


ローグの笑みが獣のように歪む。


「その件なんだけどなぁ……」

親指で背後――地平を指す。

「――“復活した”んだよ。」


ゲルヴァスの身体が震える。

「……嘘だ。」


「俺たち、嘘つきに見えるか?」

ローグは肩をすくめる。

「いや、やっぱ答えなくていい。早く殴りたいんでね。」


フレイは視線を落とす。

倒れかけていたオーレリアを見つめる。


「よく戦いましたね、聖女。」

優しく言い、彼女の胸に手を置いた。


光が溢れる。

温かく、柔らかく――彼女のすべての傷が癒えていく。

砕けた剣も再び形を取り、光を宿す。


オーレリアは息を呑み、

自分の鎧を見下ろした。


「な、なに……これ……」


「――生きているのです。」

フレイは微笑んだ。

「我らの主の意志によって。」


ローグは剣をくるりと回し、

放たれた混沌の気流が氷の大地を裂いた。

赤い稲妻が走り、空が歪む。


「さて……氷野郎。」

彼は嗤った。

「ウチの主の仲間を痛めつけたらしいな。

今度は、俺が遊ぶ番だ。」


ゲルヴァスの怒号が響く。

氷嵐が舞い、天が凍る。


「玉座に挑むだと!?」


ローグの身体が変化する。

色、形、存在が次々に入れ替わり――

「挑む? ははっ……

退屈すぎて何億年も暇してたんだ。ちょうどいい遊び相手だ。」


世界が――弾けた。


最初に消えたのはローグ。

笑い声とともに現れた彼の拳が、ゲルヴァスの氷鎧を粉砕する。

即座に反撃。氷嵐が奔る――だが、

その一つ一つが弾かれ、反転し、色の爆発となって彼自身に襲いかかる。


「混沌はお前のルールじゃ動かねぇんだよッ!」

ローグの叫びが響く。

拳がゲルヴァスの胸を貫いた。


氷の玉座が咆哮する。

巨大な氷竜の姿へと変貌。

翼が雲を裂き、体内で古代のルーンが輝く。


「我は冬そのもの! 原初よ、凍て果てろッ!!」


ローグは拳を鳴らし、狂神のように笑う。

「可愛いねぇ。

俺? 理屈が休暇に入った瞬間に生まれた存在だぜ。」


跳躍。

混沌が爆ぜる。

色、音、破壊、創造――すべてが一瞬に。


衝突の余波で、

氷は雷に、風は炎に、空間は曲がった。


フレイは片手を上げ、

〈生と死の結界〉を展開。

「下がっていなさい。ローグは“楽しんで”います。

巻き込まれたら、混乱死しますよ。」


オーレリアは呆然と呟いた。

「……狂ってる。」


フレイは微笑んだ。

「混沌ですから。」


天空で激突が続く。

空が書き換わり、山が砕け、星が揺れる。


そして――二人の叫びが重なった。


「――〈絶対零度領域アブソリュート・ウィンター・ドメイン〉!!」

「――〈無限混沌鎮魂曲インフィニット・カオス・レクイエム〉!!」


爆発――ではなかった。

現実が消えた。

光が強すぎて、時間が処理をやめた。


やがて静寂。

闘技場も、谷も、嵐も――跡形もない。


ただ一人、ローグが立っていた。

コートについた氷を払いながら。


背後でフレイがため息をつく。

「……やりすぎです。」


「ははっ、でも今回は――星までは壊してねぇぞ?」


オーレリアが震える声で尋ねた。

「……終わったの?」


フレイは頷いた。

「――今は、ね。」


ローグは空を見上げる。

遠く、修復された〈時の線〉が淡く輝いていた。


「……主様が仕上げてるみたいだな。

そろそろ帰るとするか。」


フレイの輪が光る。

「ええ、戻りましょう。」


二人の原初が光と色に包まれて消える。


残された者たちは――

その余韻の熱と混沌を、まだ肌で感じていた。


ダリウスは膝をつき、息を吐く。

セレーネは祈りを捧げ、ライラは弓を下ろす。


そして、オーレリアは空を見上げ、

静かに笑った。


「……リリア・フォスター。

本当に、あなたって人は――とんでもないわね。」

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