第76話 原初vs絶望
今
山は息を止めていた。
あらゆる音――空気の微かな揺れ、マナの囁き――すべてが消え去っていた。
残っているのは、壊れた時間線が発する唸りだけ。それは、空に血のように滲む糸のように、私たちの頭上で光っていた。
それぞれの糸は世界と世界を繋いでいた……そして、それぞれが今にも断ち切れそうに震えていた。
私は洞窟の廃墟に立ち、ブーツが砕けた石を踏みしめる音だけが響いていた。
クリスタルの破片が凍てついた空気の中に無重力で漂い、かつて時間源が脈動していた粉砕された核の周りを回っていた。
クレーターの奥で、ザック――絶望の玉座――がニヤリと笑っていた。その体は、盗み取った時空のエネルギーでパチパチと音を立てていた。
彼のオーラは、まるで死にゆく星のように現実を歪めていた。それなのに……
私は苛立ちしか感じなかった。
私は静かに息を吐き、コートのジッパーを下ろし、フードを頭から外した。
白い髪がふわりと広がり、暗闇の中でかすかに光を放っていた。私の瞳は金色と紫に燃えていた――想像宇宙そのものの光だ。
「本当にひどいことをしてくれたわね」と私は静かに言った。「だから、ここであなたを終わらせてあげる。」
ザックはクスクスと笑い、穢れた刃を振り上げた。
「私を終わらせる?ああ、小さな女神よ……絶望の中で慈悲が通用するとでも思っているのか?」
彼の笑みがさらに深まった。「私は時間を殺した。神々を喰らった。終わりの概念そのものを飲み込んだのだ。」
「なら、あなたが最初に自由を味わうことになるわ」と私は冷ややかに言い、一歩踏み出した。
私の声は響かなかった――ただそこに存在し、現実の骨髄を震わせた。
私は少し向きを変え、ルナを見た。「セラフィナとフェンリルを助けて。ここから連れ出して。」
「お、お嬢様――」
「命令よ。」
その口調には一切の反論を許さなかった。
ルナは拳を握りしめ、頷き、空間の光の瞬きとともに消え去った。
セラフィナとフェンリルも数瞬後、そのオーラが遠ざかっていくように消えた。
今、ここにいるのは私と彼だけだ。
ザックは剣を振り上げた。虚空で鍛えられたその刃は、千もの残像に分裂した。
「さあ、原初の存在よ。再び絶望に喰らい尽くされるがいい。」
彼は消えた。
いや――彼はあまりにも速く動いたため、光さえも追いつくことができなかったのだ。
彼の刃の一振りごとに、時間のスペクトルを横断する無数の斬撃が放たれた。過去、未来、そして現在が、一つの破滅の嵐となって衝突した。
それは、あらゆる現実の層を粉々に引き裂くはずの攻撃だった。
だが、そうはならなかった。
なぜなら、私はすでにそこにはいなかったからだ。
私の声が彼の背後から聞こえた。
「前より動きが鈍くなったな。」
彼が振り返る間もなく、私の手が彼の顔を掴み、地面に叩きつけた。その衝撃で世界そのものがガラスのように砕け散った。
衝撃波が空間を駆け巡り、一瞬、あらゆる崩壊した時間軸が心臓の鼓動のように点滅した。
ザックは身をよじり、後方へテレポートした。怒りが彼の表情を歪ませる。
「ありえない…俺はルナの力を吸収したんだ!俺は時空そのものだ!」
私は首を傾げ、わずかに目を細めた。
「ああ、それについてだが…」
私のオーラが膨張し、彼のオーラを飲み込むように、青い光が私の肌を波打った。
「私はお前が前回戦った女神じゃない。」
「私は今や原初の存在だ、このクソ野郎。」
彼は突進し、刃が現実を切り裂いた。
私は片手で受け止め、概念の流れのマナから編み出された私の武器が手に現れた。
衝突の音は世界中に響き渡り、衝撃波は山を内側からひっくり返した。
彼の一撃一撃が現在を破壊する。
私の受け流しの一撃一撃が過去を書き換える。
私たちはもはや時間の中で戦っているのではなく、時間そのものとして戦っていた。
彼は私の頭上に現れ、斬りかかってきた。私は純粋な思考の一瞬で横に避け、特異点創造の爆発で彼の腕を粉々に砕いた。
彼は瞬時に再生し、再び斬りかかってきた。
私はその刃を指で挟んだ。
「可愛いトリックだね」と私は言い、刃を捻り上げた。
彼は咆哮し、体から闇が爆発した。
「お前は勝てない!絶望は永遠だ!」
「そして自由は」と私は言い、彼の腹に拳を叩き込んだ。「そんなものには構わない。」
彼はよろめき、黒い炎を吐き出した。
現実が震える――彼の腐敗が空中に広がり、壁は彼が触れたあらゆる崩壊した世界の血塗られた鏡像へと変わっていく。
「お前は自由が絶望を滅ぼせると思っているのか?」
「自由は絶望を生み出す!お前が愛する希望――それが俺を生み出したんだ!」
私はかすかに微笑んだ。「なら、お前が存在することを許す概念を消し去ってやる。」
ザックは凍りついた。 「お前…まさかそんなことをするなんて――」
「概念魔法:自由の書き換え」
世界は真っ白になった。
あらゆる論理の糸、あらゆる絶望の定義が、私の意志の下に内側に曲がり、崩壊していく。
ザックは叫び声を上げた。彼の姿は存在と非存在の間で揺らめき、まるで現実が彼が本当に存在していたのかどうかを決めかねているかのようだった。
私はゆっくりと前進した。背後では想像上の宇宙が脈動し、私のオーラが宇宙を震わせる。
「お前はルナのエネルギーを吸収した。お前自身が時空そのものになった。だが、お前には理解できないことが一つある。」
彼は震えながら顔を上げた。体は明滅している。「な、なんだ?」
私は剣を掲げた。光と影が刃の周りを螺旋状に渦巻く。
「自由は時間に従わない。」
そして、一振り――
私は彼を斬った。
その衝撃は音ではなかった。
それは静寂――完全な、絶対的な静寂だった――あらゆる絶望の残響が、この存在次元から消し去られたのだ。
ザックは膝をつき、胸に走る光り輝く傷を見つめた。
そこから溢れ出ているのは光――闇ではなく――だった。
彼は彼は私を見つめ、狂気の中に初めて恐怖の色が浮かんだ。
「お前には……絶望を殺すことはできない。それは永遠なのだ……」
私は少し膝をつき、彼の目を見つめた。
「なら、解放してやる」
最後の閃光が部屋を貫いた。
彼の体は色の粒子となって崩れ落ち、彼が歪めた時間軸へと散っていった。
そして、彼の存在が消えた場所に、生命――可能性の小さな光――が芽生えた。
洞窟は再び静寂に包まれた。
頭上の時間軸の線はゆっくりと修復され始め、途切れた端は再び無限へと紡がれていく。
私はそれらを見上げ、疲労が全身に染み渡るのを感じた――肉体的なものではなく、宇宙的な疲労だった。
六十万年の修行と、一瞬の悟りの後、すべてが終わった。
私の後ろに、ルナが再び姿を現した。目は大きく見開かれ、頬には涙が伝っていた。
セラフィナとフェンリルも続き、静寂に畏敬の念を抱いていた。
「お、お師様……やり遂げたのですね……」
私はかすかに微笑み、剣を肩に担いだ。
「ええ」と私は静かに言った。「やり遂げたわ」
しかし、心の奥底で、私は再びそれを感じた――
もう一つの声。
古く、穏やかで、無限の声。
「まだだ、我が子よ」
私の息が詰まった。
その声はニャの声ではなかった。
私の声でもない。
それは彼女の声だった。
最初の女神。
そして、彼女は目覚めようとしていた。




