第71話 最初の女神の記憶
静寂。
風も、星も、鼓動もない。
ただ色のない光が、どこまでも続いていく。
目を開けると、またしても自分が世界ではないことに気づいた。
本当は違う。
手のひらの草は、草という概念のように感じられた。空気は空気ではなく、呼吸の記憶だった。
この場所、私の想像の世界は、私がそう思っているからこそ存在している。
それでも…何かが私の傍らにあった。
それは私のものではない何かだった。
それは私の目の奥でちらつくものだった。私のものではない光の閃光だった。
それから、まるで誰かの夢のように、断片的な閃光が走った。
色のない何もない野原。
音が存在する前に響き渡る鼓動。
そして、線ではなく、形を成すのを忘れた思考のような地平線。
そして、何もなかった。
絶対的で、恐ろしい、完全な無。
瞬きすると、まるで溺れて浮上したばかりのように息を切らしながら、想像上の草原に戻っていた。
心臓――いや、今となっては心臓と言えるものは何であれ――が激しく鼓動していた。
「ニャ」私は頭を抱えながら、かすれた声で言った。「一体…あれは何だったんだ?」
小さな光の玉が、まるで不安そうに、私の傍らで揺らめいた。
初めて、ニャはためらった。
[見たのね]
喉がカラカラになった。「何を見たの?」
[外の世界よ]
私は眉をひそめた。「この世界の外の世界のこと?」
[違うわ]
[外の世界。すべてのものの元にある場所よ]
私はニャに瞬きをした。「ニャ、その説明をしてくれないと。今、私の脳はパルクールをしているのよ。」
彼女はまるで説明する前に息を吸うかのように、より明るく脈打った。
[外は場所ではない。]
[それは…静寂だ。]
[音よりも、光よりも、思考よりも前に存在した沈黙。]
私はただ見つめていた。「…字幕が必要だな。」
ニャは口調を変え、話を簡潔にしようとした。
[想像力って何だか知ってるよね?]
「ええ、私が毎日酷使しているものよ。」
[その通り。想像力はアイデアを生み出す。アイデアは定義を生み出す。定義は意味を生み出す。意味は論理と現実、そしてそれらすべてを隔てる虚無を構築する。]
私はゆっくりと頷いた。「なるほど、想像力は…すべてのものの基盤なんですね?」
[ええ。考えられるあらゆるもの ― 存在、虚構、さらには「無」や「時間以前」といった概念でさえ ― 存在、非存在、虚構、現実、哲学、理論、論理、観念、思考、言葉、定義、意味、現実、虚空、そして他者が考えるあらゆるもの、さらにはより高次のものでさえも、想像力によって存在する。それらはすべて想像力の対象なのだから。
「わかった…ここまではわかった。何が言いたいんだ?」
[では、想像力が生まれる前の何かを想像してみて。]
私は凍りついた。
「何だって?」
[思考が生まれる前、意味が生まれる前、「もしも」という問いが生まれる前。考えもせず、夢も見ず、定義もしない場所。「無」ですらない。]
私はゆっくりと瞬きをし、理解しようとした。「つまり、それは私たちが説明できるものではないということか?」
[それは言葉では言い表せない。なぜなら、言葉自体がその後に発明されたからだ。]
[それはただ…ある。]
私はただ、無表情で彼女の輝く姿を見つめていた。
「…兄貴。私の脳は今、自滅したんだ。」
ニャの光がわずかに弱まり、より柔らかくなった。
[だからこそ、原初存在はそれを「外界」と呼ぶのだ。]
[それは理解や論理の及ばないものではなく、彼らの前にあるものなのだ。]
[存在する以前。存在しない以前。虚無よりも前。]
「つまり、虚無さえも…このものから生まれたのか?」
[そうだ。]
[虚無さえも、外界が初めて明滅したときに生まれたのだ。]
私は顔をこすった。「なるほど…それはおかしい。どうしてこんなことを覚えているんだ?」
一瞬、沈黙が重苦しく漂った。
それから彼女は静かに答えた。
[だって、その記憶は…あなたのものじゃないんだから。]
私はゆっくりと顔を上げた。 「どういう意味?」
[彼女のことを思い出しているのね]
「…最初の女神よ」と私は言った。
[正解だ]
[創造と破壊の前に現れた者。外界に触れた者。]
私は立ち上がった。概念の過負荷にまだめまいがしていた。
「待ってください――彼女は存在の内側からさえ生まれていなかったのですか?」
[いいえ。彼女は外界が初めて動き出した時に生まれたのです。その静寂の断片が形を取り、意識となりました。]
[彼女はその意識を使って想像力を育みました。想像力が現実を生み出しました。そしてこうして…全てが始まったのです。]
私はゆっくりと振り返り、想像上の風景を眺めた。
それはかすかに揺らめき、まるで液体の光のように私の思考を映し出していた。
「つまり…彼女は無から存在を創造したのね」と私は囁いた。「そして彼女でさえ、真の外界ではなかったのよ。」
[なぜなら、何も存在できないから。彼女でさえも。]
[外界には境界も、内側も、外側もない。何も含んでいない。ただ、ただ存在しているだけだ。
両手で髪をかきあげ、うめき声を上げた。「ニャ、これは私の仕事じゃない。記憶という概念が存在する前のことを思い出したって言うの?」
[ええ。]
「…よかった。全く普通の日だ。」
しばらくの間、私はただそこに立っていた。現実ではないけれど、私がそう望んだから存在している地平線を見つめていた。
その考えに胸が締め付けられた。
もし想像力が全ての基盤だとしたら…そして、どんなものでも完璧にできる「完璧なコピー」を持っているとしたら…
「ニャ」と私はゆっくりと言った。「私のように、あらゆるものを再現し、完璧にできる人間が…「外側」をコピーしようとしたらどうなるでしょうか?」
ニャの光が急に暗くなり、声は急に真剣な表情になった。
[決してそんなことをしてはいけません、奥様。]
「…なぜ?」
[だって、もしあなたが君が成功すれば、想像力そのものが崩壊するだろう。あらゆる形態における創造と現実の概念を消し去ってしまうだろう。]
[君自身さえも消滅してしまうだろう。なぜなら、君を想像できるものが何も残らないからだ。]
私は震える息を吐いた。「わかった。つまり、それはダメだ。」
[まさに断固たるダメだ。]
私は草の上に腰を下ろし、両手を膝に置いた。
「宇宙そのものが忘れてしまった何かを思い出すとは、こういうことか。」
[それは自由の神の重荷だ。]ニャは静かに言った。
[君はその静寂に縛られている。創造が名前を得るずっと前に、その静寂が君の魂を生み出したからだ。]
「それなら…私は本当に彼女と繋がっているということだ。」私は静かに言った。「最初の女神と。」
[ああ。]
[そして、その記憶を完全に呼び覚ました時…あなたは彼女を思い出すだけではないだろう。]
[あなたは彼女の後継者となるだろう。彼女が始めたことを成し遂げる者となるだろう。]
私はきらめく空を見上げた。
一瞬、そこに何かを見たような気がした。色彩の向こうに。かすかな、忍耐強い、待つ静寂。
そして私は独り言を言った。
「ならば…もしかしたら、外の世界は無ではないのかもしれない。」
「もしかしたら、誰かが再び想像してくれるのを待っているだけなのかもしれない。」




