第70話 フロスト・スローン
世界は白く静まり返っていた――
クライオヴェインの谷を果てしなく貫く氷の墓場。
風はもはや唸り声をあげず、歌い、細く鋭く、鎧も肉体も切り裂いていた。
オーレリアのブーツが霜の上を軋み、吐息が雲のように漏れ出ていた。
彼女の背後では、ケイル、ライラ、ダリウス、セレーネが緩やかな隊列を組んで進み、武器を抜き、あらゆる感覚を研ぎ澄ましていた。
ケイルの杖を握る手がわずかに震えた。「マナ密度…指数関数的に上昇している。何かが迫っている。」
ライラは眉をひそめ、深紅の弓を直した。「エレバスだと思う?」
オーレリアは最初は答えなかった。
普段は穏やかで、金色で、落ち着いた彼女の目が、突然の圧力が空気を吹き抜けると細くなった。
その圧力は、降り積もる雪を凍らせるほどの重圧だった。
彼女の本能が悲鳴を上げた。
「動け!」
彼女は剣を抜き、下へと斬りつけた。
鋼鉄が閃光を放ち、黄金の光の障壁が爆発し、彼らに向かって叫ぶ氷のエネルギーの筋を遮った。
ドカーン!
衝撃は耳をつんざくほどだった――まるで氷河が内側から砕け散るような。
爆発は凍りついたマナの破片を四方八方に吹き飛ばした。
オーレリアは歯を食いしばり、凍てつく風に抵抗した。「ダブルカウンター!」
彼女は剣をひねり、エネルギーを外側へと向けた。
光線は空中で曲がり、吹雪の中を跳ね返り、遠くで山々を揺るがすほどの威力で爆発した。
一瞬、空が晴れた。
そして霧の中から、人影が歩いてきた。
彼は背が高かった――あり得ないほどに。
霜と霧に包まれ、髪は凍りついたガラスのようで、瞳は太古の氷河の色に輝いていた。
彼が一歩踏み出すたびに、地面は溶けることも砕けることもない完璧な氷へと変貌した。
気温は瞬時に下がり――
ケイルの温熱の障壁はひび割れ、そして崩壊した。
耐冷能力を持つ者でさえ、それが肌を貫き、魂にまで染み込むのを感じた。
ライラの息がたちまち曇った。「ああ、とんでもない。これは何?」
オーレリアは剣を掲げ、低い姿勢を取った。
寒さにもかかわらず、彼女の声は落ち着いていた。「あれは…ただの竜の子ではない。」
人影は数歩先で立ち止まった。
彼は冷静で、好奇心さえ感じるほどの目で彼らを見つめ、口を開くと、その声は氷河が揺れ動くように空気に響き渡った。
「私はゲルヴァス、霜の玉座なり。」
彼は片手を挙げ、指先に光の筋のように霜が降りた。
「七つの深淵の玉座の一つ。
静寂の守護者。
古き世界の凍てついた意志の継承者。」
セレーネは杖を強く握りしめた。「つまり…あなたも彼らの一人なのね。」
彼はわずかに頷いた。「その通り。そしてあなたは聖なる氷――クライオヴェインの心臓――の上に立っている。侵入者に均衡を破らせることは許さない。」
「均衡?」ケイルは鼻で笑い、息が唇を凍らせた。「大陸の半分を氷河期のような均衡に変えることを、君は言うのか?」
ゲルヴァスの表情は変わらなかった。「均衡は犠牲を要求する。生命は無秩序。冷気は秩序。凍てついた世界は平和。」
彼は手を広げた――すると吹雪は従った。
雪は舞い上がり、意識を与えられた嵐のように螺旋を描いて上昇した。
数秒のうちに、彼らはそびえ立つ氷柱に囲まれ、完璧な闘技場を形成した。
気温はさらに急降下した。ダリウスの鎧は金属が硬直し、軋んだ。
オーレリアのオーラが金色に輝き、足元の凍りを溶かした。
「どんな玉座に座ろうと構わないわ」と彼女は燃えるような目で言った。「ここで死ぬわけにはいかないのよ。」
ゲルヴァスはわずかに首を傾げた。「あなたは死なないわ。」
彼は手のひらを上げた。
「凍りつくわ。」
大気が噴き出した。
氷のエネルギーが刃のように外へと放たれ、雪を切り裂き、山腹を真っ二つに裂いた。
ケイルは杖を地面に叩きつけた。
「エレメンタルフィールド:風の領域!」
空気の渦が一行を包み込み、破片を跳ね返したが、その衝撃はすべて障壁を砕いた。
ライラは真紅の弓を輝かせながら、前に飛び出した。
「クリムゾンアロー ― 燃える軌跡!」
彼女の矢は飛行中に点火し、嵐を切り裂き、ゲルヴァスの胸に炸裂した。
ほんの一瞬、うまくいったように見えた。
そして爆発は文字通りその場に凍りついた。
炎は静止した光の彫刻へと固まり、ガラスのように砕け散った。
「……ああ、それはズルだわ」ライラは呟いた。
ゲルヴァスは手首を軽くひねった。
破片は棘に変わり、跳ね返ってきた。
オーレリアは前に進み出た。彼女の剣は金色に輝いていた。
「神風 ― 鏡面刃!」
すべての棘は彼に向かって跳ね返ってきた。
それらは命中し、
再び空中で凍りつき、装飾品のように宙に浮いた。
「静止した状態では、反射など意味をなさない」ゲルヴァスは静かに言った。
彼が両腕を上げると、アリーナの壁が動き始め、氷はエネルギーで満たされて閉じ始めた。
ケイルの目が見開かれた。 「戦場を圧縮している!全員、散れ!」
流星のように降り注ぐ凍てつくマナの柱を、一行は散り散りに避けた。
セレーネは杖を輝かせながら祈りを呟いた。
「聖域!」
彼女の足元に金色の円が広がり、忍び寄る冷気を打ち消した。
他の者たちはその光に身を隠し、一瞬、呼吸が正気に戻った。
ゲルヴァスは表情を変えずにゆっくりと前に進んだ。
「聖なる光…不思議だ。私の氷を溶かすことはできない。あなたは彼女ではないが、彼女のように輝いている。」
オーレリア 眉をひそめた 「彼女?」
「絶望を打破する者。新たな女神だ。」
彼は何かを思い出したかのように、ちらりと空を見上げた。
「君たちの運命は、まだ見えなくても、絡み合っている。」
オーレリアの顎が引き締まった。「では、彼女が誰なのか知っているのか?」
「彼女がいるのは知っている」とゲルヴァスは言った。「だが、彼女はここにいない。君がいる。だから、君は打ち砕かなければならない。」
今度は両手を挙げた。
谷全体が揺れた。
雪の下から、巨大な氷の柱が立ち上がった。
いや、柱ではなく、巨人だ。
純粋な氷でできた凍てついた騎士たち。その核は深淵のルーンで輝いていた。
彼らは前進し、一歩ごとに足元の世界を砕いた。
ライラは小声で悪態をついた。「ああ、そうだな、こいつはドラゴンよりも恐ろしい。」
オーレリアは肩越しに振り返った。 「ならば、厳しいやり方でやるしかないわね。」
彼女の剣は輝きを増した――凍てつく闇に金色のオーラが燃え盛った。
「ケイル、バリアを回転!ライラ、コアに集中!ダリウス、セレーネ――お前たちは私と共にいる!」
彼女はゲルヴァスの方を向き、目に炎を宿した。
「静寂を求めるのか?
動く光を見せてやる。」
戦場は再び火花を散らした――金と青、炎と霜、信仰と絶望が交錯した。
クライオヴァイン渓谷は神々と人間の戦争の場となり、吹雪の中を光が走り、夜空を裂くほどの明るさだった。
そして彼らの遥か下、山の奥深くで、時間そのものが裂け始めた。
遥か彼方、存在の別の層で、死を拒む魂が再び目を覚ましたばかりだった。




