第34話 時間の中に
群衆は消え、闘技場の轟音も消えた。耳に響くのは自分の鼓動だけだった。
オーレリアの姿がぼやけた。
走ったのでも、突進したのでもない。ぼやけていた。
ある瞬間、彼女は砂浜に輝くシルエットだった。次の瞬間、彼女は剣を掲げ、金白色の目を燃え立たせ、私の目の前にいた。
そして、斬撃が襲ってきた。
無数の切り傷。私の脳が認識できるよりも速い。女神が鍛えた私の肌は、ほとんどをはじいたが、全てではなかった。腕、頬、肋骨に、小さな血の筋が咲き誇った。借り物の剣は小枝のように砕けた。
痛みが私を突き刺した。まるで彼女が刃で私の肌に一つの言語を刻み込んだかのように、私の体は切り傷で覆われていた。
テレポート――テレポート――テレポート!
私は閃光の中に消え、20歩ほど後ろに姿を現した。息を切らしていた。ジャケットはぼろぼろに垂れ下がっていた。息が荒く浅くなった。
マナを燃やしながら、私は手を挙げた。「火炎弾撃!」
何十もの燃え盛る弾丸が、まるで小さな太陽の弾幕のように、私の周囲に円を描いた。「これを食らえ!」
それらは流れ星のように空を切り裂き、炎の嵐がまっすぐに彼女へと向けられた。
オーレリアはひるむことさえなかった。
彼女の剣が一度だけ揺らめいた。「斬る、斬る、斬る、斬る」。
弾丸はすべて真っ二つに割れ、彼女の周囲で無害に爆発した。彼女はまるで庭園を散歩するように、爆発の中を歩いた。
私はさらにマナを注ぎ込み、弾幕を倍、三倍にした。彼女は弾き返し、身をかわし、その刃は金色に染まった。火花と炎がアリーナを満たした。彼女は無傷のまま立っていた。
ニャの声が響き、尻尾がぴくぴく動いた。
[警告: 攻撃出力不足]
[対象の神剣ドミニオンが飛び道具系攻撃を無効化]
「気づいたわ!」汗が顔に流れ落ち、私は息を詰まらせた。「文字通りの軍神と戦っているのよ!」
オーレリアの姿が再びぼやけた。
彼女が空間そのものの間を歩み始めた時、私は彼女を垣間見た――一瞬は向こう側、次の瞬間は私の背後。
「――何――!」
彼女の剣が私の背中をめがけて弧を描いた。
「スペースフィールド!」
きらめく結界が、間一髪のところで私の周囲に張り出された。彼女の剣は、まるで新星爆発のような衝撃で、その結界に叩きつけられた。結界はハンマーで叩かれた氷のように砕け散った。
衝撃で私は後ろに投げ飛ばされた。ブーツは砂に溝を掘り、反動で腕が悲鳴を上げた。
私はアリーナの壁に激突し、血を吐き、息をするたびに燃えるように痛んだ。体は確かに再生していた。「創造の女神」たる私の体は死を拒んでいた。だが、私のエネルギーは岩のように落ちていった。
彼女は私に向かって歩いてきた。黄金のオーラはかつてないほど輝き、まるで太陽の光でできた復讐の天使のようだった。
「伏せなさい」と彼女は優しく言った。「あなたを殺したくないの」
立ち上がろうとしたが、手は震えた。膝は震え、肺は焼けるように痛んだ。しかし、私の目は彼女の目から逸れなかった。
「私は…できない」と私は喘ぎながら言った。「死ぬためにここに来たんじゃないの」
オーレリアの表情が硬直した。彼女は剣を高く掲げ、オーラが凝縮し、剣先に神聖な力が宿った。
空気が震え、空が裂けた。
光が上空に噴き出し、光線が天空を貫いた。雲が裂け、現実が歪んだ。頭上で空が剥がれ、広大で輝く何かが現れた――天界そのもの、天界の果てしない歯車と広間。
その光は圧縮され、折り畳まれ、彼女の刃へと凝縮していった。
ニャの声は鋭くなった。
[警告:対象は「天界断絶」を準備中――推定影響:惑星級]
「まさか!」私は息を詰まらせた。「彼女は惑星破壊の剣術も持っているのか!?」
オーレリアの刃は圧縮された太陽のように輝き、彼女の視線は私を捉え、顔から血が流れ落ちているにもかかわらず、体は揺るがなかった。
「これで終わりだ。」
彼女は駆け出した。
空間が悲鳴を上げた。彼女の刃は現実を切り裂き、止められない力で私へと迫ってきた。
反射神経が悲鳴を上げた。本能が悲鳴を上げた。マナが咆哮した。
「空間の覇権!」
世界が折り重なった。
彼女の刃が届く前に、私は一拍で消え去った。
オーレリアの一撃はアリーナを真っ二つに引き裂いた。光線は外側へと放たれ、空を裂き、衝撃波は神聖な津波のように世界を駆け巡った。
私は全く別の場所に現れた――息を切らし、膝をつき、テレポートの反動で肌はまだ赤く染まっていた。
静寂。
人影も、アリーナもなかった。
空気は時計と香の匂いがした。
私は頭を上げた。
私はもうアエテリスではなかった。
私は、無限に浮かぶ歯車と砂時計の平面、緑と金色の空に星座が秒針のように刻み、水晶の橋を渡る光の川のように時が流れていた。
「…一体どこだ…」私は呟き、よろめきながら立ち上がった。
そして、私はそれを見た。
回転する時計の玉座に、足を組んで座る巨人。肌はエメラルドグリーン、髭は純白で絹のように流れ落ちている。星座が縫い込まれた白いローブを身にまとい、額には壊れた時計の文字盤のような冠を戴いていた。
彼は疲れているように見えた。ただ老いているだけではない。まるで、永劫にも及ぶ書類仕事が、生きる意欲を潰してしまったかのようだった。
ニャのアイコンが視界にちらついた。
[識別:時の高位精霊]
[指定:『クロノヴァント、永遠の秒の守護者』]
私は口をあんぐり開けた。「…待って…あれは時の精霊?」
[訂正:高位精霊。時の根源より一つ下の階級]
私は巨大な緑色の存在に目を瞬かせた。「…一体何なんだ?」人生よ。」
時の高位精霊クロノヴァントはゆっくりと片目を開けた。それは動くたびに時計の針のようにカチカチと音を立てた。
彼は私――切り刻まれ、燃え尽き、盗んだ死霊術でまだ輝きを放つ私――を見つめ、ため息をついた。
「ああ」彼は真夜中の大聖堂の鐘のように響き渡る声で言った。「また一人、私の休憩室に落ちてきた。」
彼は大きな手で顔をこすった。「人間とその決闘…いつも私の廊下に穴を開けている…」
震える手で彼を見上げた。「あ、先生、あの、どうも…気にしないでください。今…天で私を真っ二つにしようとした半神剣姫との戦いからテレポートで抜け出したんです…」
クロノヴァントは一度、二度、瞬きをした。そして、まるで税務調査を受けたばかりの男のようにうめき声を上げた。
「当然だろう」と彼は呟いた。「災厄の匂いがする。座れ、坊や。もう…お前の時間は終わりだ」
まだ息を切らしながら、私は浮遊する歯車の上に倒れ込んだ。「…どうして行く先々で私を殺そうとするんだ…」
ニャのアイコンが点滅した。
[推奨:エネルギー回復。ハイスピリット検出。望まれていない宇宙的説明の可能性:98%]
クロノヴァントは時計の玉座に深く腰掛け、王冠が静かに時を刻んだ。「まあ、お嬢さん、確かに大変なことになっているな」と彼は言った。「昇天したばかりの半神と戦いながら、この時間軸には存在すべきではない力を振るっている。運命の糸が…絡み合っている。」
彼はさらに近づき、巨大な顔が私の視界を埋め尽くした。「そして、招かれざる私の領域に来たとは。それは…珍しいことだ。」
私は彼を見上げた。切り傷からは血が滴り、髪はもつれ、息は荒かった。「…あなたは時の精霊だ。彼女が半神へと進化する5分前まで…もしかしたら…巻き戻してくれるかな?
クロノヴァントは雷鳴のような笑みを浮かべた。「ああ、坊や。もしそれがそんなに簡単ならいいのに。」
私はうめき声をあげ、両手で顔を覆った。「…よかった。宇宙の人事部オフィスにワープすることで、半神の必殺技を逃れた。私の人生はミームだ。」
クロノヴァントの緑色の瞳は、どこか面白がっているように輝いた。「ミームであろうとなかろうと、お前はもう私の領域にいる。そして、ここの時間は…私のものだ。」
彼の声は深くなり、私たちの周りの歯車の軋みが大きくなる。「さて、教えてくれ、災厄の娘よ。戦いを終わらせるために送り返したいのか…それとも、なぜお前の力が運命の流れそのものを歪めているのかを知りたいのか?」
頭上の時計の針が止まった。
そして、すべてが静止した。




