第212話 世紀の会議
オルガリア王城の会議室は――
正式に、下層世界でもっとも危険な会議室になっていた。
理由は政治ではない。
戦争でもない。
くしゃみ一つで現実が消える可能性のある存在が三十人も集まっているからだ。
もし普通の人間がこの部屋に入ったら、空気圧だけで気絶してもおかしくない。
実際、空間そのものが微妙に歪んでいた。
それくらい、この部屋のメンバーは頭のおかしいレベルの存在ばかりだった。
長い会議テーブルの片側には、オルガリア王国の指導層が座っている。
中央には、
オルガリア国王ヘンリー・スミス。
その周囲には、
外交顧問。
経済大臣。
王国の重鎮たち。
各国の代表。
そして――
このすべてのカオスの発端となった人物。
イルーティア王国の王女、オーロラ。
彼女が、震えながら立っていた。
その反対側に座っているのは――
私。
そして、
私の友達二十八人。
……いや、友達って言い方はかなり優しい。
客観的に見ると、
これはもう完全に
「存在レベルの最終ボスたちをうっかりビジネス会議に呼んでしまいました」
みたいな光景だった。
だってこのテーブルにいるのは、
原初存在。
半神。
外神級存在。
絶対原初が二人。
宇宙概念の化身。
魔王。
戦神。
神の狩人。
ドラゴン。
吸血鬼。
私の別次元バージョンが二人。
第一女神本人。
そして――
叫んだだけで怪物を消し飛ばした女の子。
……うん。
私がオーロラ王女だったら、
確実に失神してる。
だが――
彼女はまだ立っていた。
手はわずかに震えている。
呼吸は慎重。
まるで、
「惑星を吹き飛ばせる連中の前で倒れないように必死で頑張ってる人」
の呼吸だった。
そのとき、
隣の席でローグが小声で言った。
「……まあ、この中の何人かはさ」
彼は肩をすくめる。
「屁こくだけで惑星壊せるけどな。」
私は即座に肘で殴った。
「黙れ。」
「俺は事実を言っただけだ。」
「助けになってない!」
それでも――
オーロラの評価すべきところはそこだった。
彼女は倒れなかった。
背筋を伸ばす。
深呼吸。
そして――
話し始めた。
「……本日は、お集まりいただきありがとうございます。」
声は少し震えていた。
でも止まらない。
「今回の祭典の目的は――統合です。」
彼女はテーブル中央に浮かぶ投影オーブを軽く叩いた。
すると、
空中に巨大な地図が浮かび上がる。
下層世界の全体図。
「この祭典は――」
オーロラは続けた。
「天界戦争に参加したすべての領域を集めます。」
人間の王国。
魔族領。
精霊界。
モンスター部族。
魂界の代表。
世界丸ごと。
彼女は説明を続けた。
「経済効果だけでも前例のない規模になります。」
交易路の再開。
市場の復活。
観光爆発。
工芸産業の再生。
商人キャラバンの再稼働。
その話を聞いて、
国王ヘンリーも身を乗り出した。
「もしその予測が正しいなら……」
オーロラは慎重に言った。
「オルガリアの経済は一年以内に三百パーセント以上成長します。」
顧問の一人がむせた。
「さ、三百――?」
オーロラは冷静に説明する。
「祭典市場。
世界規模の貿易協定。
文化交流。」
地図を指差す。
「これはオルガリアを再建するだけではありません。」
「下層世界そのものを再建します。」
国王はゆっくり頷いた。
「なるほど……」
部屋の空気は、
一応、
まともな会議っぽくなっていた。
――五秒くらい。
私は手を挙げた。
「はい。」
全員が私を見る。
「計画はすごくいい。」
私はホログラム地図を指差した。
「でも一つ忘れてる。」
オーロラが瞬きをした。
「……忘れている?」
私は前に身を乗り出す。
そして言った。
「リリアリズム。」
その言葉が会議室に響いた。
私の友達の何人かがニヤニヤする。
何人かは笑いをこらえている。
オーロラはぎこちなく頷いた。
「はい。それが次の議題です。」
彼女は再びオーブを叩く。
地図が消えた。
代わりに現れたのは――
グラフ。
統計。
数字。
そして――
私は、
脳が停止した。
なぜなら。
画面に出ていた数字が、
あまりにもバカすぎて、
魂が処理を拒否したからだ。
画面中央。
巨大な文字。
リリアリズム世界信者数
2,700,000,000
……。
私は口を開けた。
「ブロ――」
テーブルを叩く。
バン!!
「ブロそれ二十七億人だぞ?!」
画面を指差す。
「この世界のキリスト教レベルじゃねぇか!!」
オーロラは緊張したまま頷いた。
「はい……」
グラフは右肩上がり。
急成長。
史上最速の信仰拡大。
しかもまだ上がっている。
寄付。
神殿。
祠。
私の名前の教会。
巡礼。
祭典参加予測。
カエルですら前のめりになった。
「……統計的に非常に興味深い。」
セラフィナが口笛を吹く。
「お嬢ちゃん、宗教RTA成功してるじゃん。」
私は顔を手で覆った。
「私が始めたんじゃない!!」
オーロラは説明を続ける。
「現在リリアリズムはすべての主要領域に拡大しています。」
人間王国。
精霊領域。
魔族都市。
魂界ですら。
「信仰体系の中心は――」
彼女は少し躊躇した。
「自由。
統合。
下層世界の守護。」
そして、
小さく付け足した。
「……そして、あなたです。」
私はうめいた。
「やっぱりか……」
その瞬間、
画面が切り替わる。
そして、
さらにヤバいものが出てきた。
寄付ランキング。
私は身を乗り出した。
「……誰これ?」
次の瞬間。
椅子から落ちそうになった。
「待て。」
指差す。
「ダリウスいるじゃん!!」
ダリウスが手を振った。
「やあ。」
「ロナン?!」
「寄付だよ。」
「カエル?!」
カエルはメガネを直す。
「研究目的だ。」
「セレネ?!」
彼女は優しく微笑んだ。
「信仰は大切よ。」
「セラフィナお前も?!」
セラフィナは笑った。
「赤いカーペットの神殿欲しかったから。」
私はリストをスクロールした。
フェンリル。
ライラ。
エリーゼ。
ナリ。
アニー。
フレイ。
ローグ。
エタニティ。
マリア。
ザカリー。
アレス。
アルテミス。
ルーシー。
リサ。
創造。
破壊。
エイル。
アストラ・シルバーまでいる。
私は画面を見たまま叫んだ。
「おい二十八人全員入ってるじゃねぇか!!」
部屋が静まり返る。
そのとき。
私はさらに恐ろしいものを見つけた。
「……待て。」
画面に顔を近づける。
「ニャの名前ない?これ。」
私の隣で浮かんでいたニャが答えた。
【正しい。】
「お前寄付したの?!」
【初期資金が必要だった。】
「教会経済お前が始めたの?!」
【正しい。】
私は彼女を見た。
「スタートアップじゃん。」
【技術的には正確。】
オーロラはぎこちなく説明を続けた。
「高額寄付の大半は……」
リストを見る。
「……あなたの親しい方々からです。」
いやそりゃそうだろ。
そのあと、
政治支援リストが表示された。
そして、
私の脳は再び死んだ。
友達だけじゃない。
王。
女王。
政府。
同盟。
商業ギルド。
そして――
オーロラ。
私は指差した。
「……お前いるじゃん。」
オーロラが固まる。
「……はい。」
「お前寄付したの?!」
顔が真っ赤になる。
「適切だと思いました……」
「お前が始めたんだろ!!」
「提案しただけです!」
国王ヘンリーが咳払いした。
「……満場一致だった。」
私は椅子に沈み込んだ。
頭の中が
壊れたパソコンみたいにバッファリングしている。
信者二十七億。
友達全員が資金提供。
世界の指導者が参加。
神殿すでに建設済み。
そして、
世界祭典。
私はつぶやいた。
「……まだ夢?」
アリスが袖を引いた。
「リリア?」
「……ん?」
彼女はグラフを指した。
「……すごい人数。」
「だよな。」
アリスは柔らかく笑った。
「……みんな、本当に信じてるんだね。」
部屋が静まった。
それは初めてだった。
誰も、
統計として言わなかった。
宗教としてでもない。
ただ、
人が誰かを信じること。
オーロラは静かに投影を消した。
そして私をまっすぐ見た。
「だからこそ、この祭典は重要です。」
「彼らは神を崇拝しているのではありません。」
「彼らは――」
「守ってくれた人を讃えているのです。」
沈黙。
私は笑えなかった。
だって、
二十七億人が自分を信じているって。
それは冗談じゃない。
責任だ。
私は首の後ろをかいた。
「……プレッシャーやばすぎ。」
ローグが椅子にもたれる。
「もう遅い。」
セラフィナが笑う。
「有名人だよ。」
ニャが隣で浮かぶ。
【マスターは世界の象徴になった。】
私は天井を見上げた。
「……私アリスに魔法教えたかっただけなんだけど。」
部屋が笑った。
そのとき私は気づいた。
恐ろしいことに。
この祭典はただのパーティーじゃない。
これは、
世界が私を見る瞬間だ。
そして決める。
私はどんな女神になるのか。
それが問題だった。
だって――
私はまだ自分が女神だと思っていない。
私はただの女の子だ。
ゼウスを殴って、うっかり宗教を作っただけの。
そして今。
私は考えなきゃいけない。
二十七億人が来るかもしれない祭典をどう生き延びるか。
……うん。
これはもう確実に――
カオスになる。




