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新しい女神  作者: ジュルカ
フェスティバルアーク
207/217

第205話 小さな女の子の世話の仕方

三ヶ月が過ぎた。


天界の侵攻から、三ヶ月。


ラプチャーの後。

オリュンポスが墓場になった後。

神々が俺の故郷を、デスクトップの不要ファイルみたいに「削除」しようとした後。


正直、「三ヶ月」なんて時間が存在すること自体が信じられなかった。


それでも――


時間は、止まらなかった。


下層界は……生き残った。


天が許したからじゃない。


俺たちが、死ぬことを拒んだからだ。


復興は、最初はゆっくりと。

やがて一気に進んだ。


まるで世界そのものが息を止めていて、

「もう吸ってもいい」と思い出したかのように。


国境で睨み合っていた国家は物資を共有し、

魔族の鍛冶師は錆びない金属で人間の街を再建し、

精霊は崩壊したレイラインを安定させ、

モンスターの氏族は石材と木材を軽々と担ぎ、

数日で建物を元の場所に戻していった。


経済まで戻ったのは、本気で驚いた。


市場は再開し、

ギルドは再登録され、

港は活気を取り戻し、

酒場はまた騒がしくなった。


傷だらけで、怯えを抱えながらも――


世界は、生きていた。


そして。


くしゃみ一つで崩れない程度に安定した頃。


みんな、帰っていった。


世界中の「みんな」じゃない。


俺の仲間たちだ。


最初に去ったのはアウレリアだった。


当然だろう。


彼女は長くアエテリスを離れすぎていた。

どれだけ強くなっても、彼女の中の騎士の義務感は消えない。


門の前で、彼女は俺の頬に軽く口づけをして言った。


「さよならじゃないわ。ただの中断よ」


落ち着いた声を装っていたが、

視線は何度も俺を確認していた。


「父上と母上の様子を見てくるだけ」


「戻ってこいよ。じゃないと、お前の予定を書き換える」


「ふふ、やってみなさい」


軽く肩を叩き、

真っ直ぐな背筋で馬に跨り、

剣を携えたまま王国へと戻っていった。


次はダリウス。


大げさな別れも、涙もない。


ただ少し地平線を見つめ、

俺を肋骨が軋むほど抱きしめた。


「帰る」


「メアリーと子供たちに、な」


「そうしろ。今度連絡しなかったら、蘇生してから殺す」


彼は本気で笑った。


家族を持つ男特有の重みを背負いながら、

静かに去っていった。


セレネとカエルは最後まで残った。


理由は単純。


瓦礫。


神の遺物。

天使の技術。

天界ルーン。

壊れた抑制装置。


カエルは飢えた学者の目をしていた。


セレネは呆れた顔をしながらも、

きっちり分類作業を手伝っていた。


「終わったら戻ります」


カエルはすでにメモを書きながら手を振っただけだった。


ロナンとリラの件は不意打ちだった。


ただの戦友だと思っていた。


違った。


「両親に会わせる」距離だったらしい。


リラはロナンの袖を掴み、

エルフ王国へ連れて行くと宣言。


ロナンは処刑台に向かう男の顔をしていた。


「エルフ語話せないんだが」


「覚えればいいわ」


あの微笑み。


ロナン、終わったな。


エリスはソラリスへ戻った。


休むためじゃない。


教えるために。


「世界には今こそ知識が必要です」


形式的に一礼し、

ぎこちなく抱きしめてきた。


「未来を、ありがとうございます」


未来か。


大層な言葉だ。


アニーとナリはセットで出ていった。


混沌と隠密の奇妙なコンビ。


ナリはサバイバルと盗賊技術を教え、

アニーは子供特有の無限質問でナリを鍛えていた。


来る、と言った。


アニーは信じる。


ナリは半々だ。


ルーシーとリサはそれぞれの現実へ戻った。


「定期メンテナンスがあるの」


静寂が欲しいだけだろう。


「責任ある問題を起こしてくる」


一番怖い台詞だった。


フレイとローグは究極界へ。


「泣かない相手を殴りたい」


フレイは甘い笑みを浮かべるだけだった。


エタニティは源宮へ帰還。


創造主に「訓練」とやらを命じられたらしい。

宇宙を暇つぶしで作られても困る。


ルナは残った。


言葉はない。


ただ、そこにいる。


静かな星のように。


そして俺も残った。


宮殿でもなく、

王国でもなく、

神殿でもない。


キャラバンの車庫。


走る家。


記憶の容器。


世界のためじゃない。


一人の少女のために。


アリス。


彼女の回復は、ゆっくりだった。


身体はすぐ治った。


鎖のない睡眠と、まともな食事。

それだけで十分だった。


問題は心だ。


夜中に震えて目を覚まし、

知らない名前を呼ぶ。


天井を見つめ、

誰にも聞こえない物語を聞いているように黙る。


それでも、やがて立てるようになった。


ある日の午後。


ベッドの端に座り、

両手で温かい紅茶を包む。


青と白のヴィクトリア風ドレス。

朝は大抵、金髪が寝癖だらけ。

幼さと古さが同居する瞳。


「ほとんど覚えてないの」


小さな声。


「覚えてるのは……ワンダーランドだけ」


胸が締まった。


「ワンダーランド?」


頷く。


「友達と遊んでたの」


唇が震える。


「でも、何かが襲ってきた」


沈黙。


「逃げたの。崩れていくのを止められなかった」


指が、まだ鎖を思い出すように丸まる。


「目が覚めたら……あそこにいた」


家がない、と彼女は言った。


行く場所がわからない、と。


俺は隣に座る。


世界が死んだ、なんて言葉に答えはない。


「ここにいればいい」


そう言った。


「俺と一緒に」


瞬きをして、見上げる。


「……どうして?」


肩を竦める。


「助けを求めただろ」


「それと、怪物に優しさを決めさせるのはもう飽きた」


瞳が潤む。


だが、迷いもあった。


「みんな、私を危険だって言うの」


扉にもたれていたルナの視線が鋭くなる。


俺も感じる。


夢が夢であることを思い出しかけたような違和感。


「傷つけたくない。ただ、住む場所が欲しいだけ」


長い沈黙。


それから、ぐしゃぐしゃの金髪を撫でた。


「なら、それで決まりだ」


ルナは何も言わない。


だが警戒は解かない。


何かが間違えば、消す覚悟だ。


わかっている。


平和の中でも。


アリスの周囲の空気は、

まだジャンルを決めていない物語の始まりみたいだった。


だから皆、不安になる。


俺もだ。


それでも――


鎖は使わない。


もう二度と。


だから今は。


三ヶ月の静かな平穏の中で。


飯を作り、

小さな日常を組み直し、

沈黙を戦争に変えずに受け入れる。


夜、時々目を覚ます。


彼女の寝息を聞きながら考える。


迷子の少女なのか。


それとも、神々が縛った理由がある何かなのか。


どちらでもいい。


彼女はここにいる。


もし世界が彼女を脅威と呼ぶなら――


並べ。


そして奪いに来い。


俺はもう、


恐怖に人を差し出すつもりはない。



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