第16話 スライムの黙示録
受付係はいつもと同じ丁寧な笑顔で書類をカウンター越しに滑らせたが、ルナの方を一秒おきに不安そうにちらちらと見ていた。
羽ペンを掴むと、まるで命がけのように走り書きを始めた。
「うんうんうん、彼女が警備員を呼ぶ前に、さっさと終わらせよう。」
名前:リリア・フォスター
年齢:えっと、転生年月日って数えるの? いい加減にしろ、18歳だ。
種族:完璧女神バリアント
クラス:創造女神
スキル:…多すぎる。「その他」とだけ書いておこう。
ニヤリと笑って紙を叩きつけた。「できた!」
それから、2枚目の書類をルナに押し付けた。
彼女はあの金色のクーデレの瞳でそれを見つめた。羽ペンは見えない手に導かれるようにひとりでに浮かび上がり、完璧な筆致で書き始めた。
羊皮紙が光り輝いた。線はルーン文字のようにねじれ、文字はあり得ない形に曲がっていた。まるでその用紙自体が宇宙の遺物と化したかのように、空気が重くのしかかった。
私は身を乗り出して覗き込んだ。「…ヨグ=ソトースの納税申告書みたいだ」
彼女が書き終えると、静かに用紙を戻した。
私は両方の用紙をひったくると、受付係の手に押し込んだ。「はい。全部記入済みです」
彼女は私を見て瞬きし、それから視線を落とした。
まずは私の方を。
彼女の丁寧な笑顔が揺らめいた。
彼女の目は「完璧な女神の変異体」「無限のマナ」「災厄級の脅威」という言葉を捉えた。
彼女の手が震え始めた。
それから彼女はルナの姿を見た。
羽ペンの跡は、人間の心が理解することなど決してない言語で書かれた神秘的な象形文字のように、ねじれ、きらめいていた。それを読んでいるだけで、彼女の瞳孔は開いた。
彼女の唇は静かに動いた。まるで存在しない言葉を発音しようとしているかのようだった。
「…これは…何…なの?」
私は頬を掻いた。「…彼女の筆跡?」
受付係はチョークのように青白い顔で、ゆっくりと書類を下ろした。
「…これは…書類じゃない。これは…宇宙の契約よ。」
私の後ろで、ロナンは倒れそうなほど笑い始めた。ダリウスはうめき声を上げ、ケイルは「マナ汚染」について何か呟き、セレーネは壊れたレコードのように賛美を囁いていた。
私は不安そうにニヤリと笑った。「えっと…それで、合格ってこと?」
受付係はただ私を見つめていた。ルナでも、書類でもなく、まるで人生のあらゆる問題の根源を見つめているかのような、生気のない目で。
「…どうして…普通の冒険者でいられないの…?」彼女はささやいた。
汗をかきながら、私は弱々しく笑った。「…運命が私を憎んでいるから?」
受付係は永遠のように感じられるほど長い間、私を見つめていた。それから、この狂気の沙汰に見合うだけの給料をもらっていない人の、死んだようなため息をつき、カウンターの下に手を伸ばした。
「新しい冒険者は、入門クエストを完了しなければなりません」と彼女は冷淡に言った。「あなたのは簡単です。スライムを1匹倒すだけです。」
彼女は羊皮紙を私の方へ滑らせた。
私は瞬きした。「…それだけ?ただの…スライム?」
「ええ」と彼女はかすれた声で言った。「スライム。1匹。2匹じゃない。軍隊じゃない。1匹だけ。」
私は口を開け、閉じた。ルナを見た。そして受付係に戻った。
「…本当にいいの?」
彼女の笑顔がぎこちなく動いた。「ええ。」
「…じゃあ、わかった。」
街を出て近くの平原へと歩みを進めた。
スライムは至る所にいた。様々な色のゼリー状の塊が、まるでグジュグジュと音を立てて、子犬のように楽しそうに飛び回っていた。
私は腰に手を当てた。「ああ、これは簡単だろう。小さなスライムが1匹だけだ。」
ダリウスは腕を組んだ。「考えすぎないで。」
ケイルは呟いた。「文字通り、世界で最も弱い生き物だ。」
ロナンはニヤリと笑った。「新人がこんなにも失敗しているなんて、驚くよ。」
セレーネは小声で祈った。
ライラはため息をついた。
すると、ルナが虚ろな目で前に浮かび上がった。
「女主人。この…生物を消せとおっしゃるのですか?」
フィールド上のスライムは皆、突然凍りつき、彼女の気配を感じたかのように震えた。
私はパニックに陥った。「だめ!全部消すなんてダメ!1匹だけでいいのよ!」
ルナは首を傾げ、それから繊細な手を挙げた。
パチン。
空が暗くなった。
雲が渦巻き、マナが迸り、突然半径5マイル(約8キロメートル)以内のスライムが全て光り始めた。
私は息を呑んだ。「待って…待って…何をしているの?」
ニャの猫アイコンが、いつものように落ち着いた様子で現れた。
[観察:ルナは完璧な分類プロトコルを発動している。]
[検知範囲内のスライムは全て特異点に集められている。]
私は顎が外れそうになった。「特異点?!」
地面が揺れ、数百…数千…数万ものスライムが転がり落ち、巨大なゼラチンの山となって地平線を覆い隠した。
一行は悲鳴を上げた。
「な、一体何だ!?」ロナンが叫んだ。
ケールの眼鏡が再び割れた。 「こ、あれは…スライムじゃない!あれは…終末的な存在だ!!」
セレネは24時間で二度目の気絶を喫した。
私はよろめきながら後ずさりし、目の前に迫りくる異形のスライム怪獣を指差した。「…おい…スライムを倒すのが世界終末のレイドボスになっちゃったじゃないか!」
スーパースライムが咆哮を上げ、ゼラチン状の体が津波のように平原を揺さぶった。
私は頭を抱えて叫んだ。「一人だけ倒すはずだったのに…たった一人だけ!!!」
ルナはいつものように無表情で私を見返した。
「…ご主人様。どれですか?」




