第117話 女神を救出せよ
朝は、静かに訪れた。
……静かすぎた。
カラハウスは柔らかな陽光に満たされているのに、
空気には妙な重さがあった。
心臓が理由もなく締め付けられるような――そんな嫌な気配。
ダリウスが顔をこすった。
「うぇ……頭いてぇ……昨日の訓練マジで死んだ……」
ロナンはうめき、
カエルの髪は爆発し、
セレーネはまだ半分夢の中。
――いつも通りだ。
……いや。
“いつも通りすぎた”。
そう思った瞬間。
BANG!!!
玄関の扉が爆散した。
荒い呼吸。
乱れた髪。
揺れるカオスのオーラ。
そこに立っていたのは――
リリアの混沌なる分体、リサだった。
震える声で叫ぶ。
「リリアがいない。」
カラハウス全体が凍りついた。
カエルは瞬きを忘れ、
セレーネは手のカップを落とし、
アウレリアは椅子をへし折りながら立ち上がる。
「な……“いない”ってどういう……?」
震える声。
リサは床を拳で殴る。
ひびが走る。
「感知できないの!!
魔力も! 魂も! 時間の残滓さえも! 全部!!」
あり得ない。
彼女は“リリアのもう一人”。
どんな次元でも、どんな未来でも、どんな混沌でも――
必ず彼女を感じ取れる。
そのリサが感じないということは。
それは、単なる危険ではない。
絶望そのものだった。
ルナが駆け込んでくる。
瞳が震えている。
「精神界も……魂界も……ハイゾーンの概念層まで探しました……」
唇が震える。
「……主が、どこにもいません。」
息が止まった。
そして――ルナは崩れ落ちた。
「わ、私の……主が……いない……」
胸が潰れるような沈黙。
その瞬間。
世界が揺らぐほどの光が部屋の中心に現れた。
そこへ現れたのは――
永劫。
無限世界を内包するような光の少女。
だが――その顔が、おかしい。
いつもの笑顔がない。
瞳が焦点を失い、“存在するすべて”を同時に見ていた。
フェンリルが後ずさり、
セラフィナは本能的に牙をむいた。
アウレリアが駆け寄る。
「エタニティ! どうしたの!? リリアはどこにいるの!?」
永劫は、アウレリアを見ない。
彼女は――すべてを見ていた。
同時に。
その声は、虚無のように空虚だった。
「……存在と……非存在……全部を観測している……」
全員が息を飲む。
ナリが唾を飲み込み、
エリサは杖を抱きしめるように震える。
そして永劫の瞳が、恐怖に見開かれた。
原初の恐怖。
「……いや……いや……これは間違い……こんなの、ありえない……」
気温が落ちる。
「エタニティ……?」
ルナの声が震える。
“無限を司る原初存在”――
あらゆる破壊を笑って受け流す彼女が。
震えている。
やがて、永劫は彼らの方を向いた。
そして言った。
「リリアが捕まった。」
――静寂。
喉が、声を拒んだ。
アウレリアは後退りする。
「つ、捕まった……? 誰に……?
そんなわけない……リリアは原初だよ!? 捕まるわけ――!」
永劫のささやきが空気を割る。
「アビスキングに。」
衝撃が肉体を殴るように走った。
誰もが固まり、
誰もが青ざめ、
ルナでさえ心臓が止まりかけた。
「……嘘……」
ルナの瞳孔が開く。
「いや、いやいやいや――あいつだけは……!」
ダリウスが壁を殴り抜く。
カエルは膝から崩れ落ちる。
セラフィナは恐怖で蒼白になり、
フェンリルの爪は勝手に伸びる。
リサは震えながら叫ぶ。
「ありえない!! ありえない!!
私が気づかないわけない!! なのに――!!!」
その時――
原初光が爆ぜる。
空間が裂け、門が開く。
そこから現れたのは――
創造
彼女の存在だけで、全員がひざまずく。
銀河のように揺れる髪。
時間より古い法則を宿す瞳。
その隣には――
兄・破滅、全てを終わらせる者。
アウレリアが縋る。
「ク、クリエイション様……お願い……エタニティが間違ってるって言って……!」
創造は目を閉じた。
世界が暗くなる。
やがて開いた彼女の瞳に――
誰もが魂を震わせた。
「……いいえ。エタニティは間違えていません。」
エリサが息を呑む。
「じゃあリリアは……本当に……?」
創造は頷いた。
「ええ。アビスキングは……彼女をアビス界へ連れて行った。」
温度が落ちる。
現実がきしむ。
破滅が腕を組み、重い声で続ける。
「昨夜、全原初が奴の気配を感じ取った。封印は限界だ。
これはもはや冒険ではない――戦争だ。」
誰も動けない。
だが――アウレリアだけは立ち上がった。
涙を流しながら叫ぶ。
「じゃあ行くしかない!!
アビスだろうが地獄だろうが関係ない!!
死んでも構わない!!
リリアを取り返す!!!」
その声が全員を奮わせた。
セレーネ:「リリアは私を救ってくれた。今度は私の番。」
カエル:「行く……なんでもやる……!」
ダリウス:「俺たちを信じてくれたんだ。応えるしかない。」
ロナン:「仲間は絶対に見捨てない。」
ライラ:「彼女が苦しんでるなら、どんな敵でも斬る。」
フェンリル:「俺の命は彼女のものだ。アビスでも喜んで行く。」
セラフィナは笑った。
「はん。私、こういう自殺系救出ミッション大好きよ。」
ナリ:「行こう。私たちの女神を取り戻すために。」
エリサも一歩踏み出す。
「わ、私も……絶対に助けます……!」
そして――ルナが立ち上がった。
その瞬間、
原初の怒りが空を割った。
雲が裂け、
空間が砕け、
世界が震える。
「私は――リリア様の第一の従者。」
瞳が星の死を宿す。
「我が主を傷つけた報い……」
牙を剥き、宣告した。
「アビスキング。
あらゆる時間軸から消し去ってやる。」
創造はその様子を静かに見守り――
微笑んだ。
「……きっと、彼女も喜ぶわ。
あなたたちが迎えに来てくれたら。」
皆が頷く。
決意が集まり、世界そのものが震える。
こうして――
新女神救出作戦が始まった。




