第115話 最初の女神の起源
部屋が、狭く感じた。
静かすぎて、現実感が薄れた。
創造よりも前。
破壊よりも、虚無よりも古い――
第一女神が、
白い髪を揺らしながら、
私の隣のベッドに座っている。
しばらくの間、彼女はただ私を見つめた。
測るように。
確かめるように。
まるで――すでに答えを知っていたかのように。
そしてようやく、静かに口を開いた。
「……いいわ。真実を聞く覚悟があるのなら、よく聞きなさい」
私はごくりと喉を鳴らした。
これはルナが難しい宇宙理論を説明するのとは違う。
すべての始まりの話だ。
女神は膝の上で手を組む。
「まず……私が“何”だったのか。
何であったのかを、理解しなければならないわ」
黄金の瞳が揺れる。
それは誇りではなく、
もっと古い、深いもの――
疲労。
孤独。
そして、記憶。
「最初にね――“始まり”なんて存在しなかったの」
「……へ?」
思わず変な声が出た。
彼女は微笑む。
「創造から“外側(Outside)”がどんなものか、あなたはもう知っているでしょう。
想像も、可能性も、概念も、物語すら届かない場所。
でもね――創造にすら説明できない部分があるの。
あの子でさえ思い出せない領域が」
彼女が指を軽く上げる。
部屋が波打った。
“沈黙”という概念そのものが応えたように。
「そこには……何もなかった。
生まれたわけでも、創られたわけでもない“何か”。
定義も形もない“火花”。
思考のない思考」
彼女は自分の胸に手を置く。
「それが――私」
心臓が大きく跳ねた。
「あなた、外側から……自然発生したってこと?」
「自然発生、という概念すら無かったのよ。
ただ、“そうなった”だけ」
少し間を置いて、続けた。
「その静寂の中で、私はたったひとつの欲求を感じた。
誰も抱いたことがない、ひとつの問い」
その声は、ほとんど囁きだった。
「“もし……?”」
呼吸が止まる。
「その問いが沈黙を割ったの。
可能性という概念が生まれた瞬間――
“無”の中に“初めての何か”が生まれた」
女神は淡く笑う。
「私は自分に名前をつけ、
形を与え、
『女神』という観念を最初に思い描いた存在になった」
壁が震える。
言葉が存在を揺らしていた。
「そして私は“ソース”を作った。
存在となり得る中心点を。
そこから、私の子たち――
創造と破壊を生んだの」
創造と破壊は――
本当に彼女の子どもだった。
「彼らはゾーンも、領域も、世界も、次元も、物語も作った。
私が思った以上に強く、美しく成長したわ」
しかし――彼女は影を落とした。
「そして……もうひとつ、生まれてしまった」
背筋が凍った。
「……アビス?」
「ええ。破壊の“闇”の側面が、私の外側の残滓と混ざったの。
起源も目的も限界もない――飢えそのものの存在」
声が低くなる。
「それは創造を妬み、自由を恐れ、すべてを喰らおうとした」
拳を握る。
「それが……最初の宇宙戦争か」
「そう。
無限に続く惨劇だった。
神も領域も物語も、次々と飲み込まれた。
子どもたちでさえ、止められなかった」
だから――彼女は降臨した。
「私は概念すら超えていた。
アビスを“存在原理ごと”消した。
破壊ではなく、消去。
この宇宙から“定義そのもの”を消したの」
けれど――
「代償が必要だったわ」
胸に手を当てる。
「私は外側に近すぎた。
“世界の中”で本気を出せば、亀裂と反動が生まれる。
だから私は――分解された」
息が止まる。
「……死んだの?」
「違うわ。“還った”だけ。
外側へ。
そこではアイデンティティが存在しない。
私という概念は剥がれ落ち、“微かな残響”だけが残った」
断片。
種。
最後の囁き。
「そのたった一欠片だけが残った。
創造ですら気づけないほど小さな破片」
そして――
「そこで、あなたが現れたの」
胸が跳ねた。
「え、ちょっ……俺ただの人間だったよ!?」
「いいえ。
あなたは“私と同じ願い”を抱いた、初めての魂だった」
彼女は優しく目を細めた。
「あなたは“自由”を願った。
力でも、支配でも、復讐でもなく――本当の自由。
限界から解放される自由。
成長する自由。
想像する自由」
背筋が震える。
「それは、私が外側で最初に抱いた“問い”と同じだった。
あなたの願いが、私の残滓と共鳴し、呼び覚ましたの」
そして――
彼女は私の額にそっと触れた。
「あなたは唯一の器だったの。
私の種を受け入れ、育て、覚醒させられる魂。
新しい女神へと進化できる存在」
私は硬直した。
「じゃあ……俺が選ばれたのは――
魂が同じ願いを持ってたから?」
「ええ、リリア」
柔らかく、温かく、しかし無限に古い微笑み。
「あなたは私を“運んで”いたの。
気づかないまま。
パーフェクト・コピーを使うたびに私を洗練し、
死ぬたびに私を強め、
仲間を得るたびに私を育て、
絶望に抗うたびに私を目覚めさせた」
そして、彼女は額をそっと私の額に重ねた。
「――あなたが私を、この存在に戻したのよ。
リリア・フォスター」
胸に隕石を落とされたようだった。
俺が……
俺なんかが……
第一女神を蘇らせた?
創造が「あなたは普通じゃない」と言った理由も、
私がゾーンを超えて進化した理由も、
スキルが現実を壊す理由も――
全部、これか。
声が震える。
「……で、これからどうなるの?」
「これから?」
彼女の微笑みは穏やかで、嬉しそうだった。
「これからは――一緒に目覚めを終えるの」
呼吸が止まる。
「あなたが完全に覚醒したとき……
私たちは“ひとつの起源”の二つの形として立つわ。
あなたは新しい自由の女神。
私は古い自由の女神として」
黄金の瞳が優しく輝いた。
「外側が私を生んで以来……
初めて私は、独りではなくなるの」




