第109話 約束
山の頂は、もう地平線の向こう──
見えるほど近く、
震えるほど遠かった。
「“二度とあのスキル使わないでください会議”」が終わったおかげで、
ようやく私たちは次の町へ入る余裕ができた。
今回は珍しく──
ドラゴンも、巨神も、概念生命もいない。
ただの村。
普通の村。
……まあ、「三柱の原初」「生きた銀河」「真祖吸血鬼」「クシャミで爆発する竜の子」「私とカオス・リリア」が揃って入村する時点で普通ではないけれど。
村人たちは、
見た。
囁いた。
祈った。
リサ(カオスな私)は有名人みたいに手を振っている。
ルナはいつも通り、穏やかで優雅に隣を漂っていた。
私はため息をつく。
「いい? 本気出せば創造が指パチで全部用意できるんだからね」
腰に手を当てながら呟くと、
ルナが首をかしげ、
リサは果物屋をつついた。
「ですが主よ……その方が効率は良いのでは?」
「良い。だからこそ、やらないの!」
私は空に向かって指を突き上げる。
「これは旅なの。チートで高速クリアじゃない。」
リサが鼻で笑った。
「ゲームバグレベルのステータス持ってる原初が言うセリフじゃないね」
「しーっ。これはロールプレイだから」
「はいはい」
風がパンの香りを運んでくる。
すれ違う村人が、緊張した挨拶をしてきた。
右にルナ──静かで、忠実で、変わらない支え。
左にリサ──混沌の笑み、たぶん何か企んでいる。
ほんの一瞬だけ……
世界が普通に思えた。
角を曲がった時、私はふと立ち止まった。
「……ルナ。ひとつ聞きたいことがある」
ルナは瞬き一つで応える。
「何でしょう、主よ」
私は首をかく。
「その……私の時間系スキルってヤバいじゃん? 想定外のレベルで。
で、もう全力使用は禁止されちゃったわけだけど……」
リサが身を寄せる。
「ついに“保護者が必要”って認めるの?」
「黙って。えーと!」
私はルナを指さす。
「ルナに、私が時間スキルを使う時の“ガイド”になってほしい。
時を消したり、因果を爆破したり、誰かの誕生日を歴史から削ったりしないように見張っててほしい。」
ルナはしばらく私を見つめ──
そして微笑んだ。
ふわりと。
彼女だけが見せてくれる、あの稀少な笑み。
「もちろんです、主よ。
あなたが“時間”を歩むというのなら……
私はその隣を歩みましょう。
錨となり、導きとなり、盾となりましょう。
いつまでも。」
リサが大げさにむせた。
「うわ、ふたりとも尊すぎて鳥肌」
「あなた、私だからね。黙って」
「だから嫌なの。自分のチーズ度がわかるから」
ルナが一歩近づく。
空気が柔らかくなる。
まるで時間そのものが耳を傾けるかのように。
「主よ。あなたの力は理、階層、物語すら超える。
ですが“時間”は繊細です。
容赦がありません。
一歩誤れば、世界だけでなく……物語まで揺らぎます」
彼女は私の胸に手を置いた。
原初の鼓動が響く場所に。
「だから私が導きます。
因果も、時間軸も、逆転も。
何を行おうとも──
あなたが自分を見失わぬように。
力にも、過去にも、崩れゆく未来にも呑まれぬように」
青い光が揺れる。
「誓います」
リサがぱちぱちと拍手する。
「最高。愛おしい。
でも私も参加したい。
ここにいる以上、私も自分の時間能力を抑える方法覚えないと。
くしゃみで一世紀消すのは勘弁。」
私は眉間を押さえた。
「そう。だから来たんでしょ。
リサ、能力の自重を覚えて。
暇だからって星を爆破しない。
現実改変ごっこしない。
宇宙構造を勝手に複製しない。」
「それ私の性格そのものなんだけど」
「じゃあ旅が終わったら、あなたの宇宙に遊びに行く。
それでどう?」
一瞬で彼女の目が輝いた。
「契約成立」
三人で静かに石畳を歩く。
奇妙な三人──
・私:コピーの女神
・ルナ:時空を司る原初
・リサ:混沌そのもの
三つの災厄。
だが一緒に歩くと、不思議と調和していた。
“今回は”上手くいくかもしれない。
宇宙論の半分を吹き飛ばさずに進めるかもしれない。
……かもしれない。
たぶん。
願わくば。
リサが突然、屋台のパイを掴んで私に差し出した。
「主、これ美味しそう。食べて」
「え、払った?」
「私が笑ったよ? それは通貨」
私は顔を覆った。
ルナがため息をつきながら店主に代金を渡す。
その後、必要な物資を揃え、
心を整え、
覚悟を固めた。
次の試練はすぐ先──
星々の山は、これまでで一番近い。
けれど今は──
私は穏やかだった。
ルナが時間を導いてくれるから。
リサが……努力して、能力を抑えてくれるから。
そしてこの家族が──
歪で、壊れかけで、神じみていて、
それでも隣にいてくれるから。
山は迫る。
でも、私たちの力もそうだ。
ルナがいれば──
時間すら、怖くない。




