第105話 気まずい瞬間
ダリウスとフィービーの胸が締めつけられる再会の余韻が、
廊下いっぱいに気まずい感情を撒き散らしていた。
全員がまだダリウスを凝視している。
ダリウスはぼそっと呟いた。
「……よし。手紙書く。今すぐ。即刻。誰かが何か言う前に――」
バァンッ!!!
私がドアを蹴り開けた。
蝶番が悲鳴をあげる勢いで。
「ダリウスぅぅぅぅ!!!!!」
彼は猫みたいに飛び上がった。
「な、な、何!? 今度は何だよ!?」
私は、光る通信水晶を掲げた。
「電話来た!! “メアリー”って名乗る人から!!」
沈黙。
ダリウスの魂が、
本当に身体から抜けていくのが見えた。
顔が真っ白に。膝が震え、瞳孔が開いていく。
みんなが瞬きする。
「……メアリー?」
セレーネが囁く。
リラが大袈裟に口を押さえた。
「ま、まさか――!」
ロナンがむせる。
「ちょ、マジで……お前の“嫁”!?!?」
パーティ全員が、
十四体のゴシップ悪魔みたいな勢いでダリウスに詰め寄った。
私はふるえる彼の手に水晶を押しつける。
「ほら。あなたの。奥さん。」
ごくり。
ごくり。
「……だ、だせ……」
ダリウスは震える指で通信を取った。
水晶が大きく光り――
『ダリウスゥゥゥゥゥ!!!!!!』
カーラハウス全体を震わせる怒号が響き渡った。
ダリウスは水晶を落としそうになる。
周りの全員が、条件反射で家具か盾かルナの背後へ隠れた。
ローグでさえビクッとなった。
水晶の向こうに映ったのは――
怒りで頬を膨らませ、涙で目を赤くした、
鍛冶屋用のエプロンを着た逞しい女性。
メアリー。
ダリウスの妻。
『なんで半年も連絡くれなかったのよ!!』
ダリウスは石像のように固まる。
「メ、メアリー……おれ、その……」
『半年!!! ダリウス!!!!』
水晶が震える。
『私がどれだけ心配したか分かってるの!?
毎晩、帰ってこないあなたを待って……
子ども達が泣いて……
“父ちゃんはいつ帰るの?”って……!』
ダリウスの唇が震える。
「す、すまん……」
『“すまん”で済むと思ってんの!?
私は、生きてるって証拠が欲しかったの!!』
声が割れる。
『毎日……死んでないかって怯えながら起きるのが……
どんな気持ちか分かる……?』
全員が静まり返った。
原初たちでさえ動きを止める。
創造でさえ紅茶を置いた。
メアリーの声は、少しだけ優しくなる。
『……毎週連絡するって、約束したじゃない。
子ども達、あなたをずっと待ってたのよ。
私も……安全だって信じようとしてたのに……
知らなかったんだから……』
ダリウスは唇を噛みしめた。
「メアリー……俺は……
心配させたくなかったんだ。
戦ってる化け物のことも、神だの原初だの、
そんなヤバい依頼も……
子ども達に、“父ちゃんはまた死にかけてる”なんて……
言いたくなくて……!」
『モンスターなんかどうでもいいわああああ!!!』
テーブルを叩く音が響く。
『私が結婚したのは――
“英雄”でも“伝説”でも“神殺し”でもない!!』
涙で濡れた瞳が、水晶越しに突き刺さる。
『私は、“あなた”と結婚したの、ダリウス。
泣く私を抱きしめてくれたあなたと。
“必ず帰る”って言ってくれたあなたと。』
声が震える。
『なのに半年の間……
私の声を聞かせてもくれなかった……』
重い沈黙が落ちる。
ダリウスの息が震える。
「……メアリー」
彼は頭を下げた。
「俺が……間違ってた。
連絡すべきだった。
全部話すべきだった。
夫として……お前をひとりにして……
泣かせて、本当に……悪かった」
メアリーは何も言わない。
ただ鼻をすすった。
『……子ども達、あなたに会いたがってるわよ。バカ』
「俺もだ。
お前らが……一番恋しい」
声が震える。
その場にいた全員の胸が締めつけられた。
ルナでさえ、そっぽを向く。
セラフィナも目をこする。
ローグでさえ、
「……クソ、胸に来るじゃねぇか……」
と呟いた。
その時。
メアリーの後ろから、小さな声が聞こえた。
『……とうちゃん?』
水晶の映像が下がり、
小さな男の子――ダリウスの息子が顔を出す。
ダリウスの息が止まりかけた。
「……よぉ、坊主」
少年ははにかんで笑う。
『ママ、いっぱい泣いたんだよ。でもね、
父ちゃん強いから、絶対帰ってくるって言ったの』
ダリウスの目から一瞬で涙が溢れる。
「……帰るよ。絶対にな」
別の声。
『とうちゃん!! 剣の練習また教えて!!』
そして娘。
『これ描いたの! 見て!!』
画面には、家族四人の絵。
大きな剣を持ったダリウスが真ん中に。
ダリウスは目を拭った。
「……二人とも、最高だよ……」
メアリーは震える息を吐く。
『もう……いなくならないでよ。
今度消えたら、私が引きずってでも連れ帰るから』
彼は弱く笑う。
「分かったよ……ホントに」
アウレリアがそっと近づく。
「ダリウス。
手紙なら、いつでも書けるようにするわ。
あなたの時間は、みんなで守る」
メアリーが驚いたように目を瞬く。
『……アウレリア?』
アウレリアは礼儀正しく頭を下げる。
「メアリー。心配いりません。
私たちが彼を守ります。何があっても」
メアリーは少しだけ表情を緩めた。
『……ありがとう』
映像が薄れていく前に、子ども達が叫ぶ。
『父ちゃん、早く帰ってきてね!』
『お土産いっぱい!!』
ダリウスは涙をこぼしながら笑った。
「……必ず。約束する」
通信が終わった。
ダリウスは立ち尽くす。
無言。
魂が抜け、心が空っぽ。
全員がそっと寄っていく。
ロナンが肩に手を置く。
「なぁ……兄弟。
お前、神もドラゴンも原初も倒してきたのに……
嫁さんには完敗じゃねぇか」
ダリウスは虚ろな目のまま頷く。
「……知ってる……」
カエルがしみじみ言う。
「……妻という存在は、宇宙的脅威を超える……」
ナリが小声で震える。
「……アビス・キングですら……メアリーには勝てないと思う……」
フレイも呟く。
「……尊敬します」
私は腕を組んで前に出た。
「ダリウス」
彼は弱々しく顔を上げる。
私は微笑む。
「絶対に会いに行けるさ。
山を越えて、その先まで行って……
ちゃんと家に帰ろう。
約束する」
ぽたり、と涙が落ちる。
ダリウスは頷いた。
「……ありがとう。みんな」
彼は――もうひとりじゃなかった。




