第102話 超える
世界は、もはや“世界”ではなかった。
創造の私的領域――彼女だけの“白の宇宙”。
地平も空もなく、上下すら曖昧な、無限の白光がただ広がるだけの場所。
それは虚無ではない。
空白の可能性が無限に積み重なった、“始まりの前”のような世界。
その中心で、私は――
二十七回目の死を迎えていた。
星を鍛えて作ったような一閃が走る。
いや、“空気”という概念そのものを裂いたのだ。
私の視界はガラスのように粉々に砕け、
存在がスルリとほどける。
次の瞬間――創造が指を鳴らした。
ぱちん。
それだけで、私は生き返る。
まるで死など最初から存在しなかったかのように。
私は荒い息を吐き、片膝をついた。
汗が滴る。
……もう身体に汗腺とか必要ないはずなのに。
創造は地面に触れることもなく浮かんでおり、
裸足の足先が触れるたび、現実に静かな波紋が走る。
彼女の髪は星雲そのもの。
輝く銀河の渦、星団の光、宇宙嵐の螺旋。
その目は漆黒の虚無の奥で銀河が瞬き、
私という存在を採点するように細められた。
「これで二十七回目の死ですね」
創造は柔らかく告げる。
「反射速度は……十三パーセントの向上です」
「じゅ、じゅうさん!? なんでそれだけ!?」
私は絶叫した。
創造はまるで教師のように微笑む。
「無限の存在には、無限の伸びしろが必要なのです」
「これが初級なの!? 初級コースなの!?」
「今回は〇・一秒、生存しました。とても優秀ですよ」
私は光の床に顔面から倒れ込む。
「お願い……せめて殺す速度をゆっくりに……脳が煮える……」
「あなたはもう脳ではありません。
超越存在の“脳の形状を模した概念”です」
「慰めにならない!!」
創造がそっと手を上げる。
背後で星の奔流が集まり、
天体を溶かし重ねたような巨大な刃が形成される。
ドメイン全体が震えた。
物理ではない。概念が揺れたのだ。
“攻撃に意味を与えるために”世界が調律されていく。
「では――今回こそ」
創造が宣言する。
「手加減しません」
私の魂が身体から逃げ出した。
[同時刻――ローグの地獄領域]
ロナンとダリウスは絶叫していた。
混沌の原初・ローグは、笑いすぎて涙を流していた。
「それだ!! もっと来い!!
殺すつもりで殴れって言ってんだよォ!!」
彼の混沌のオーラが空間を多元的に歪める。
ローグの拳を受けたダリウスは、七つの属性界を連続でぶち抜き、
世界の鏡みたいに粉砕していった。
ロナンが斧を振るえば――
ローグは二本の指で挟んで止め、ニヤリ。
「いいスイングだ。狙いが最悪だけどな!」
ドゴォンッ!!
次の瞬間、ロナンは蹴り飛ばされ、地平線そのものが曲がった。
「これ訓練じゃなくて拷問だろォォ!!」
ロナンが土の中を転がりながら叫ぶ。
「違ぇよ」
ローグは咆哮にも似た笑い声を上げる。
「これが“特訓”だ!!」
[フレイの領域――魔龍“マニア”の空]
カエル、セレーネ、リラは生き延びるので精一杯だった。
天を割いて現れたのは――
全魔力の具現、魔龍マニア。
その翼は光の魔法陣でできた巨大な羽。
羽ばたくごとに魔法の法則が書き換わる。
カエルがバリアを張る。
マニアはまばたき一つで消し去る。
リラが神級の矢を放つ。
マニアはそれをおやつ感覚で吸い込んだ。
セレーネが聖なる裁きを下す。
マニアは猫のように尻尾で弾き返した。
「もう一度!」
フレイの声は神鐘のように響く。
「死ぬって!!」
カエルの悲鳴。
フレイは優しく微笑む。
「死んでも蘇らせます。さあ、続けて?」
マニアが咆哮する。
背後に何十万もの魔法陣が銀河のように広がる。
「こ、これが訓練に見える!?」
リラが絶叫。
「もちろん」
フレイは穏やかに答えた。
「これでも“初級”ですよ?」
「初級いいいいい!?」
[ルナの空間――アウレリアの死闘]
アウレリアは五回目の死を迎えていた。
ルナは無表情で浮かんでいる。
「続けます」
血を吐きながらアウレリアは立ち上がる。
「ル、ルナ様……お手柔らかに……」
「半神を超えたいのでしょう?」
ルナは淡々と言う。
「なら、立ちなさい」
アウレリアが剣を構える。
ルナが指を向けた。
ぽふっ。
剣が“存在ごと”消滅した。
「……私の剣が消えたんですが」
「はい」
ルナは瞬き一つ。
「魂で戦いなさい」
「魂って何!?」
「開始します」
[永遠と子供たちの惨状]
ナリとアニーは胎児のポーズで震えていた。
永遠は金色の巻き髪を揺らしながら、
片手で何千もの次元構築物を弄んでいる。
アニーは星を喰う怪物に追われ、
ナリは無限の未来を海のように浴びて溺れ、
フェンリルは原初級氷狼軍団に飲まれ、
エリサは暇つぶしで作られた星喰いタイタンに追われていた。
「エタニティ様!!
可愛い顔で殺しに来るのやめてぇぇぇ!!」
エリサ絶叫。
永遠は天使のように笑う。
「えへへ。だって楽しいんだもん♡」
エリサの涙が宙に舞った。
[再び私――“超越の火花”]
創造が振るう。
崩壊する星界で構築された刃が空間概念ごと捻じ曲げ、
時間を蒸発させ、
現実の輪郭を溶かして迫る。
私は一歩下がる。
死んだ。
蘇る。
死。
蘇生。
死。
蘇生。
魂が砕け、繕われ、また砕ける。
叫ぶことも、考えることもできない。
――その時。
小さな声が意識に届いた。
ニャ。
【 ユーザー……何かを検知 】
「……なに……?」
【 “不可避超越”が覚醒しつつあります 】
心臓が跳ねた。
ニャは続ける。
【 進化はもはや直線ではありません
死ぬたびに一枚、壁を超えています
一つの経験で存在が書き換わり
あなたの“絆”がその力を増幅させているのです 】
そして――
世界が、遅くなった。
創造が再び斬る。
創造という概念より速く。
だが今回は――
動けた。
私は“刃が振るわれる前”の軌跡を歩いた。
刃の意図を読み、
無限の未来を見て、
その全部の隙間をすり抜ける。
創造の瞳が見開かれる。
「ほう?」
私は一歩踏み出した。
現実が紙のように折れ曲がり、足元から退く。
拳を放つ。
それは衝撃ではなく――
“不確実性という十二の可能性”が、一斉に具現化して爆ぜた。
創造は指一本で受け止めた。
だが――
私は死ななかった。
初めて。
彼女は微笑む。
銀河がその表情にきらめいた。
「ええ。ようやく始まりましたね」
[各領域に伝播する“揺らぎ”]
何かが弾けた。
揺らぎが全世界――いや、全“領域”に波及する。
ロナンの斧が神性に燃え、
ダリウスの身体に新たな技能が開花し、
リラの矢が恒星のように輝き、
セレーネの聖域が拡張し、
カエルの魔力が凡人の限界を超え、
アウレリアの瞳が神の光を宿し、
アニーの背に霊光の翼が生え、
ナリが影分身を操り、
エリサが神へと伸びる力を震わせ、
フェンリルが真なる“フェンリル種”へと変貌し、
セラフィナの血が古き王族の歌を奏ではじめる。
原初たちすら気づいた。
「……始まったわね」
フレイが呟く。
「ようやくだァ!」
ローグが狂笑する。
「全部……加速している」
ルナが静かに言う。
永遠がくすくす笑う。
創造は私を見下ろし、優雅に微笑んだ。
「あなたは境界に触れました」
私は息を吸う。
オーラが嵐となり、
可能性、運命、未来、概念――
すべてが震える。
私は踏み出した。
神すら畏れる境地へ。
不可避超越(Inevitable Transcendence)へ。




