06
翌日、朝の七時にパッと目が覚めた。
とても頭が冴えている、爽やかな目覚めだった。
体を起こして、左右を見たアリーシャは、ここがアメリカではないということに気づくのに、少しだけ時間を必要とした。
起きて、身なりを整え、朝食を頂いた後は、アメリカの家族から来ていたメールに返事をして、部屋に閉じこもり勉強をした。
試験は明日に迫っていた。
昼食に呼ばれるまで引きこもって勉強をしていたアリーシャに、午後大学の授業がないからと家に帰ってきた彰浩が、昼食後に受験会場でもある高校を見に行かないかと誘ってくれた。
根を詰めすぎるのはよくないと、過去の経験から学んでいるつもりだったし、日の光を浴びて体内時計を調整するのも大事ではあるし、何よりも学校に興味があったので、アリーシャはその提案に乗った。
昼食後、彰浩の出してくれた車に乗って、アリーシャは試験会場である高校へ向かった。
合格したら自分の足で通う通学路だと思うと、なんだか不思議な気分だった。
車で十分程度、高校の近くだという公園の駐車場に車を止めて、そこから徒歩で向かった。
関係者ではないので、高校の駐車場には駐車できないのだという。
明日は車で送り、入口近くで降ろしてくれるそうだ。
歩いて着いた先にあった高校は、本当に普通の高校だった。
周囲の住宅に比べて広い敷地に大きな建物がいくつか建っていて、外にはグラウンドやテニスコートがあって、入口側に回ると大きな校門があって、本当に普通の、アニメで見たことがある学校の入口で、アリーシャは静かに感動していた。
彰浩の提案を受けてここまで来てよかった。
もし何の覚悟もないまま、明日この光景を目にしていたら、平常心で試験に挑めたか怪しいところだっただろう。
学校の中には教室があるし、試験に挑む学生は制服で来るだろうから、そっちも覚悟しておくといいと彰浩にアドバイスを受けるまで、アリーシャは全くテストを受ける周囲の環境まで気が回っていなかった。
アリーシャはあのアニメでよく見る、一人ずつの椅子と机の用意されている教室で、アリーシャと同じ年代の日本人の子たちと、高校受験を行うのだ。
今更ながらアリーシャはこの現実に眩暈がするほど緊張し始めた。
明日、いよいよ本当に、アリーシャの人生が決まる分岐点に立つのだ。
緊張で固まっているアリーシャに、彰浩は校門前にある木々が桜だと教えてくれた。
この花が開く頃に、きっともう一度ここに来れると言ってくれたが、下手をすればあの桜が花開くのを見ることが出来ず、日本を去ることになるという事実が、アリーシャを余計に緊張させた。
緊張させてしまったお詫びにと、彰浩は帰りにコンビニでお菓子を買ってくれた。
家に帰るとそのお菓子を広げながら、大学生の彰浩が勉強を見てくれるというので、リビングで一緒にテスト勉強を行った。
時間の配分を意識して、時計を確認すること。
チェックシートはわからなくてもすべて埋めること。
時間が許す限り、見直しを行うこと。
何度も繰り返した受験の心得を胸に、テスト問題を行って、合格点を叩き出した。
所で、ホームステイ先の後藤家のリビングは掘りごたつとなっていた。
床に座る習慣のないアリーシャでも、和モダンのおしゃれな空間の掘りごたつに、座椅子を用意されて座ってみれば、一段低くなっている足元に、普通に椅子に座っているような感覚となり、問題なく受け入れることが出来た。
だが、暫くしてこのこたつはとても危険だと身をもって知った。
足元からだんだんと体を温めてくるそれは、非常に心地よいぬくもりで、体がリラックスし、眠気を誘ってくる。
こたつの外に出ようにも、外は寒く、出るにはその寒さに耐える覚悟がいる。
こたつには魔物がいる。
そういえばそんな話を聞いたことがあると、アリーシャは心の端っこで思い出していた。
その後、夕食の時間まで勉強をし、夕食を頂いた後、風呂に入ってリラックスしたアリーシャは、明日の準備を手早く済ませて、家族にメールを送った後、少しだけ勉強して、早めに就寝することにした。
明日はいよいよ受験本番だ。
夜遅くまで復習したい気持ちはあったが、寝不足は判断力を低下させる、受験最大の敵だと、ホームステイ先の家族に説得され、おとなしくいうことを聞くことにした次第であった。
そうしてベッドに横になってはみたが、そう簡単に眠れなかった。
目を瞑りながら、アリーシャは今までの人生を振り返っていた。
十歳で気づいた現実。
時間をかけて説得した両親。
日本語を勉強するために費やした時間。
応援してくれた家族。
掲示板で出会った顔も知らない大人たち。
どんな困難を前にしても、アリーシャはこの夢だけは諦めないでここまで持ってきた。
明日、その努力が試される日だ。
大丈夫、大丈夫。
その言葉を呪文のように心の中で繰り返し、アリーシャは不安を無理やり殺して眠りについた。




