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その後、残った昼休みの時間を使い四人で話し合い、票を手に入れる作戦会議を立てた。
一年生はまだ入学したてで、友達が多いわけではないだろう。
つまり、一年生に顔見知りがいないこの状況でも、アリーシャに勝機はあるということだ。
アリーシャが第二体育館に設置した、舞台と同じスペースで練習を行うことが出来る時間以外は、一年生とコミュニケーションをとる時間に充てるべきというのが総意だった。
立候補者への説明会の間、他の二年生が一年生と一緒に小さなグループに分かれてストレッチや朗読練習をしたので、そう言うことが出来やすい流れもできている。
アリーシャはできるだけ毎回違うグループに入れてもらい、笑顔で挨拶し、後輩の名前を覚え、アリーシャの名前も覚えて貰い、演劇部に入った理由とか、何をやってみたいとか、そういった雑談を積極的に行い、優しくて話しかけやすい先輩というイメージを付ける。
それが目下の目標となった。
アリーシャは留学生なので周囲と違って目立つし、一年生から見たら顔も名前も憶えやすい存在となるだろう。
むしろアリーシャの方が沢山いる一年生を覚えるのに時間がかかりそうだ。
明るく優しい先輩という印象を持ってもらえるか不安ではあったが、そこは演劇部なのだから、そういう先輩を演じて見せろと冴が言い切った。
「この世は舞台、人は皆役者って言うだろ、社会において人は与えられた役割を演じている。アリーシャが演じるのは先輩という役柄だ」
その言葉にアリーシャのやる気はみなぎった。
ほんの数か月だけども、短い劇を役を交換しながら演じてきた実績もある。
良い先輩というイメージは、アリーシャのアニメ知識で賄うことが出来る。
後は舞台の演技と違って、自然な感じで演じてあげればいい。
いける。
アリーシャはアニメにいる優しくて素敵でかっこいい先輩だ。
そうして放課後、イメージトレーニングをたくさんしてきたアリーシャは、意気揚々と部活に臨んだのであった。
「よろしくお願いします、アリーシャ先輩」
二年生を中心に、何組かに分かれて始まった練習で、簡単な自己紹介の後、後輩にそう挨拶されたアリーシャは、その場で一瞬思考が停止した。
脳内では先程の“アリーシャ先輩”の声がこだましていた。
そう、アリーシャは先輩で、皆にも先輩としてと何度も言われてきた。
しかし実際に後輩に名前の後に先輩を付けて呼ばれたのは、これが初めてのことだった。
アリーシャは何故か、何故かちょっとだけ感動をしていた。
何なら少し目が熱いかもしれなかった。
アリーシャは二年生になって、挨拶してくれた子は一年生で、だからアリーシャより年下で、よってアリーシャは先輩なのだ。
当たり前のことを今更頭の中で噛み締めていく。
始業式も終わり、四月も後半に差し掛かる今、アリーシャは漸く心の中で、ちゃんと二年生になった気がした。
アニメのキャラクターの中で“先輩”と呼ばれて嬉しそうにしていた人もいた。
アリーシャはその気持ちが当時全く分からなかったが、今ならわかる気がした。
今しがた声をかけてくれた子は、アリーシャにとって人生初めての“後輩”で、アリーシャがちゃんと“先輩”になれた瞬間だったのだ。
結果としてアリーシャは非常に張り切った。
二年生として一緒のグループに参加している侑奈よりも積極的に後輩に関われるように努めた。
自分のことを先輩と呼んで頼りにしてくれる子たちは、なんて可愛らしい子たちなんだろう。
そうして始まった部活で、ストレッチを一緒にやって運動が苦手な子を励ましたり、演技についての解説動画で聞いた話を、自分なりの解釈を付けて伝えてみたりして後輩と打ち解けていった。
投票のための下心があって近づくという作戦を忘れてしまうくらい、本当に自然と仲良くなれた。
自分に親しみを持って接してくれる、頼りにしてくれる後輩に、アリーシャは応えなければならないという使命感でいっぱいだった。
だってアリーシャはもうただのアリーシャではないのだ。
アリーシャ先輩なのだ。
この誇らしい気持ちはきっと、ただ傍から見ているだけではわからないのだろう。
一年間、学生としていろいろなことを知り、その後同じ制服を着た後輩が、新一年生として入ってきて、そして自分が二年生になって初めてそう呼ばれてわかるものなのだ。




