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白雪姫になるための魔法  作者: sin
長い長いプロローグ
6/15

05

季節は秋から冬に変わりつつあり、外はずいぶん寒くなってきていた。

冬に近づくということは、アリーシャの受験の日も近づいているということだ。

勉強の方は順調だった。数学の公式も暗記しているし、漢字も書けるものが増えてきている。

時間内に問題が解けるように、受験を考慮した模擬テストも行っているし、採点したテストも、合格範囲の点数を叩き出せるようになっていた。


それでも、心が付いていかなかった。

ここでもし受験に合格できなかったら、アリーシャの小さな頃からの夢は終わるのだ。

短期留学という手もあるのだろう。でもそれでは結局ただの“お客様”だ。

後にそんな人もいたねと、ふわっとした感じで思い出される外国人でしかないのだ。

そんなのは嫌だった。

アリーシャは机に噛り付くように勉強をした。

睡眠時間を削って勉強をして、毎日自分に大丈夫だと言い続けるようになった。

テストでどんなにいい点数をとっても、不安が全く拭えないでいた。

アリーシャが知らないだけで、日本の学生はもしかしたらもっと難しい問題を解いているのかもしれない。

このくらいの問題を解けるのは普通で、もしかしたら合格できないかもしれない。

嫌な思いは雪のように滾々(こんこん)とアリーシャの心に降り積もっていた。


そして、クリスマスも近づく十二月、とうとうアリーシャは倒れた。

原因は疲労と睡眠不足による発熱だった。

ベッドに寝かされたアリーシャに、家族はクリスマスが終わるまでの期間、受験勉強禁止を言い渡した。

アリーシャは泣いて喚いて大暴れして抵抗したが、結局体力が落ちていたせいで疲れて寝落ちした。

寝て起きてからも、自分の人生がかかっているのに、どうして家族は応援してくれないのだと泣いたが、その後久しぶりに美奈(みな)とビデオ通話をして考えを改めた。

受験のために根を詰めすぎる人は、日本人にも多いそうだ。

そういう人の中には、受験当日に体調を悪くして、受験を失敗する人もいるのだという。

体調をしっかり管理するのも、受験生に必要なことなのだという。

それと、人は眠ることによって記憶を整理するのだという。

だから寝不足では暗記した内容も忘れやすく、思った結果が残せないのだと脅された。

言われて思い返せば、最近の方が前よりも成績が悪くなってきていたようにも思う。

家族の言うように、今は休む時なのかもしれない。

そう結論付けたアリーシャは、体調不良を治して、家族とゆっくりクリスマスを過ごした。

迷惑をかけたことを詫びて、久しぶりに部屋ではなくリビングで過ごし、映画を観て、七面鳥やクッキーを食べて、本当に久しぶりに心から笑ったような気がした。


***


クリスマスが終わってから、アリーシャは勉強を再開した。

勉強する時間を決めて、夜はちゃんと睡眠をとるようにした。

勉強時間は以前より少なくなったが、集中する時間を決めたことによって、むしろ勉強が(はかど)ったくらいだった。


年が明けてからはあっという間だった。

毎日カレンダーに付けていたバツ印が、アリーシャ最初の訪日に近づいていた。

宿泊するのはホームステイを受け入れてくれる家族の元になっていた。

受験が終わったらそのまま一時帰国し、合格だった場合のみ、もう一度日本へ行ける。

ビザやら何やらの手続きがあるため、とりあえず一度は帰国する手筈だ。


この度記念すべき最初の訪日は、一週間の予定となっていた。

時差に慣れ、受験をし、ちょっと観光して帰る、そんなプランだ。

家族にお菓子やレトルト食品やらのお土産を期待されたが、アリーシャはそれをどうやって手にしていいかわからないため、向こうの家族と要相談といったところだろうか。

そんなこんなをしている間に、あっという間に日本へ行く日となり、家族に見送られ、アリーシャは一人、飛行機に乗って旅立った。

平気な顔をして家族に手を振って、飛行機まで乗り込んだが、いざ飛行機が飛んだ時、アリーシャの頭の中は真っ白だった。

初めての一人旅が、まさかの海外である。

しかもあの日本に、夢を叶えるために行くのだ。

本当に、夢ではなくて、この飛行機は日本に行くのだろうか。

意味の分からない疑問が頭の中でぐるぐるしていたが、なんだか周囲を見てみれば、観光客の中にアジア人みたいな顔もいくつかあったし、なんだか日本語みたいな言葉が聞こえたような気がして、何でもないような顔をして飛行機に乗っている態度とは裏腹に、脳内は混沌と化していた。

そんな混沌とした脳内に、体がついていけるわけもなく、間もなくしてアリーシャは静かに寝落ちした。

夜から朝へ、時間軸がぐちゃぐちゃになった機内で食事をとり、少しだけノートを取り出して勉強をした。


このフライトに、結構な額のお金がかかっている。

誕生日もクリスマスも、全部プレゼントはいらないから、この日の貯金に回してくれとお願いしたアリーシャの、夢の第一歩だ。

尤も、両親はそれでも小さなプレゼントをアリーシャに買ってくれてしまっていたわけだが。

空と海しか映らなかった飛行機の窓の外に、陸地が移り始め、ふわふわとしたフライト中のような気持が、ガンと地に足をついた振動と共に、アリーシャを現実へと引き戻してきた。

ととう飛行機が日本に着陸した瞬間だった。


今になって馬鹿みたいに大きく鼓動を撃つ心臓。

流れに身を任せるかのように下乗し、とても静かな入国審査を終え、綺麗に並んだ荷物を受け取り、そしてその先で、「日本へようこそ」のプレートを持ったホームステイ家族を見つけて、アリーシャはそこで静かに泣いた。

アリーシャが今踏んでいるその地は、アリーシャがいるこの場所は、アリーシャが長年夢見てきた日本という国なのだ。

勿論、ここがゴールではない。

なんならまだスタート地点にも立っていなかった。

アリーシャはすぐに気を取り直して、受け入れ先の家族に挨拶をし、彼らの車でホームステイ先まで向かった。


時差ボケで辛いなら寝ていてもいいと言われたが、そんな気持ちになれないくらい外の景色に夢中だった。

途中、せっかくならと学業に所縁(ゆかり)がある神社に寄って参拝をし、お守りを購入した。

アリーシャの人生初となる神社参拝の感想は、なんというか異世界だった。

街中に急に大きな鳥居や、古い様式の建物が出てきて神社があって、そしてまた街中に戻るなんていう、間違って違う世界に迷い込んだと言っても信じられる不思議な体験をした。

もしかしたら時差ボケで寝ぼけているのではないかと思ったくらいには衝撃的だった。

せっかくならと買ってもらった御朱印帳に書かれた御朱印の筆の字が美しく、本日の日付まであって、本当に嬉しかった。

手元にある御朱印帳とお守りと、撮った写真がさっきまでの体験を本物と証拠付けてくれているが、これなかったら夢だったと言われても信じてしまいそうな景色を見てきた。

参拝後、車に戻って帰路に就く間に、興奮と感動を一生懸命伝えるアリーシャの話を、受け入れ家族は本当に嬉しそうに聞いてくれていた。


結局のところ、その後時差ボケのせいか眠ってしまい、夕方頃にアリーシャはホームステイ先へと到着した。

家に入ると、ホストファザーである(たけし)はリビングでくつろぎ始め、長男である彰浩(あきひろ)がアリーシャの部屋へ案内をしてくれた。

ホストマザーの恭子(きょうこ)は、今日は歓迎会だからと、張り切って夕食の支度を始めてしまった。

靴を脱いで入った家は、ちょっと小さい家という印象だったが、案内された部屋は十分な空間のある部屋だった。

ベッドに勉強机、勉強机とは別の小さなテーブルと座椅子。

エアコンとテレビ、小さな冷蔵庫まであった。

冷蔵庫とテレビは、ホームステイの受け入れをすると決めた際に新調したのだという。


とりあえず今日から一週間、ここがアリーシャの部屋となる。

清潔感のある日本風の部屋に、アリーシャのテンションは上がっていた。

見れば見るほど、アニメで見たような部屋である。

一通りの部屋の説明を終えると、彰浩(あきひろ)は夕飯が出来たら呼ぶからと言って去って行った。

案内してくれたことに礼を言い、彼が去ったのを見送ると、アリーシャは早速持ってきた荷物から勉強道具を取り出し、机を使わせてもらった。

床に座るという習慣がなかったため、背の低い方のテーブルは使わず、勉強机の方で問題集を開いた。

アリーシャはこの部屋を、三年間使わせてもらうつもりで来ているのである。

そのための努力に、手を抜くつもりなど毛頭なかった。

アリーシャの集中力は、部屋の扉がノックされるまで続いた。

夕飯だと呼ばれ、案内されたキッチンで家族揃っての食事となった。

今日は特別だと用意された料理の数々は、昔アメリカから帰国することになった美奈(みな)が作ってくれた料理と似たものがあって、嬉しくも懐かしい味がした。

アリーシャの口に合わなかった時のためにと、ピザやポテトなんかも用意してくれていたが、唐揚げと巻き寿司が美味しすぎて、そちらまで手が回らなかったくらいには日本食が美味しかった。

美味しい美味しいと料理を食べるアリーシャに、ホストマザーの恭子(きょうこ)は終始嬉しそうにしていた。

歓迎会を開いてくれたことに感謝と、これからとりあえず一週間お世話になりますと挨拶をして、アリーシャは家族に勝ってきたお土産を渡した。

お土産の内容は、ナッツやキャラメルの入ったチョコレート菓子や、アメリカ色の強いデザインのマグカップとカウボーイハットだ。

事前に行っていたビデオ通話で、お土産のリクエストは聞いていたのだが、アメリカっぽいものという抽象的なことを言われたので、本当になんとなく買ったマグカップと普段使いはなかなかしないであろう、派手なデザインのカウボーイハットではあったのだが、ホストファザーの(たけし)に、非常に、非常に喜ばれた。

カウボーイハットは書斎に飾るのだと、そそくさと持って行ってしまったし、マグカップに至っては、今回の物は飾るとして、次回来るときに普段使いするものをもう一つ買ってきてほしいと、お小遣いを握らされるくらいには気に入ってくれた。

お小遣いは辞退したが、アリーシャはもう一つ買ってくることを約束した。

悩んで選んだお土産が喜ばれたことも嬉しかったが、アリーシャがすぐにアメリカに帰った後、またここに戻ってくると、当たり前のように思われていたのも嬉しかったのだ。


その後は風呂に入って就寝となった。

アリーシャ人生初の湯船に浸かるという風呂は、最初は非常に緊張したが、湯に浸かるとその緊張がみるみるうちに崩れ落ちていき、体の全ての筋肉が緩んでいくのを感じた。

とてつもないリラックス状態に湯船で眠ってしまいそうになった。

いつもは風呂から上がっても暫く起きているというのに、時差ボケと相まって、アリーシャは髪を乾かし、家族にメールを入れて、そしてその後、本当は勉強をする気だったのに、耐えきれずベッドに入ってしまい、仮眠するだけの予定がそのまますっと眠ってしまった。

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