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アリーシャの気合たっぷりで始まった掃除は、小一時間経った頃には概ね終了となった。
落とした埃が目に入り、何度も涙を流し、棚を拭けば雑巾が真っ黒になり、何度ももみ出し、バケツの水の交換に走った。
部室に置いてあった荷物のほとんどがゴミのようなもので、忘れられていた水筒や、穴の開いた野球ボール、ガットの切れたラケット、片方だけの上履きなど、競技問わずにおかれた品々をとりあえず一度全てまとめ、その後使えそうなものとゴミに分け、ゴミも可燃物と不燃物に分け、気づいたら一時間といったところだ。
舞った埃を浴び、手も運動着も真っ黒にし、それでようやく終わった作業に、アリーシャは小さな達成感を感じていた。
出たごみの中から掘り出し物がないか騒ぐ、助っ人の佳輝と幽霊部員の悠紀や、後片付けまでちゃんと行っている美緒莉、爪が割れたと落ち込んでいる凛子に、借りた脚立や掃除道具を返しに行った冴と、もう一人の助っ人である修史。
このまとまりのないごちゃごちゃとした放課後のこの時間が、アリーシャにとってはなんだかとても愛おしく思えた。
「うおーい、みんなー。前島先生がジュース奢ってくれたぞー」
遠くから聞こえた冴の叫び声に振り向けば、掃除道具と脚立を返しに行った冴と修史が、両手にジュースを抱えて戻ってきた。
これだけの人数に関係のない先生がジュースを奢ってくれるなんて、本当にいい先生だ。
各々好きなものをと配られたそれを、アリーシャ元一つ受け取って、心の中で先生にお礼を言った。
「ではでは皆様。演劇部最初の活動お疲れさまでしたということで、かんぱーい」
冴の音頭で貰ったジュースで乾杯の流れとなった。
乾杯の言葉と共に合わせられるジュース、缶のプルタブを開ける音、口の中に広がったソフトドリンクの甘い味が、アリーシャの口角を上げさせる。
一歩だけ下がって、皆が寒いだとか疲れただとかを言っているのを眺め、今ここにいる幸せを噛み締めていた。
「アリーシャってさ、たまにそうしてちょっと輪から離れて皆を見ているときあるよね」
凛子が後ろから急にアリーシャの隣にやってきて、話しかけてきた。
いきなり視界の外からやってきて話しかけてきた凛子に驚き、アリーシャは肩を跳ねらせ目を丸くした。
驚いて数秒、落ち着きを取り戻して凛子の言った言葉を一拍置いて理解した。
「あー、うん。そうかも」
確かにこういう皆で集まってはしゃいでいるとき、アリーシャは少し離れてその輪を見ている傾向にあった。
「私さ、留学生だから。卒業したらアメリカに帰るんだよね。だからこの時間を覚えておきたくて、よく見ておこうって思って」
アリーシャは自分で口にした言葉に、少し泣きそうになっていた。
卒業なんてまだ先の話だと思ってはいるが、でももうすぐ一年が過ぎようとしているのも事実だった。
アリーシャが今ここにいることは、沢山の努力と、家族の理解と協力、周囲の支えと、奇跡があってこそのものだ。
だからその時間を、勝手に進んで行ってしまう時間を、少しでも心に残すために、一歩引いて目に焼き付けているのだ。
「はあ? じゃあ写真撮っておかなきゃダメじゃん」
何故怒っているのと聞きたくなってしまうくらい、日頃の凛子に比べて非常に低いどすの利いた声で言われた。
「お、いいね写真。みんなで撮ろうぜー」
凛子の迫力に圧されて何と返していいか言葉を迷っていたアリーシャと凛子の間に、凛子の写真を撮ろうという言葉が聞こえたらしい悠紀が割り込んできた。
「お、部活動最初の記念写真っすか」
「私自撮り棒持ってるよー」
「俺らも入っていいのー?」
悠紀の言葉を聞いて佳輝や美緒莉や修史やらが乗り気になって、結局みんなで、何故か仕分けしたゴミの山の前で、ジュース片手に記念撮影を撮った。
撮られた写真は全員のスマートフォンに送られ、それでいよいよ解散となった。
回収したごみの処理は、冴と美緒莉がやってくれるというので、お言葉に甘えてアリーシャは凛子と一緒に、制服へ着替えに更衣室へと向かった。
着替えを終えて、改めて撮った写真を眺めていたアリーシャに、同じく着替え終わった凛子が話しかけてきた。
「さっきの話なんだけどさ」
アリーシャは見ていた写真から目を離して、話しかけてきた凛子の顔を見たが、どうやら怒っていないようで、少し安心した。
「一歩引いてみるのはさ、後からでもできるじゃん。こうやって写真を撮っておけば」
凛子の言葉にアリーシャは驚いたがすぐに納得した。
さっきまでの皆が騒いで集まってはしゃいでいた時間は、確かにこの写真の中に残っていた。
その写真の中で、皆と一緒になってはしゃいでいる、アリーシャの笑顔と共に。
「でもさ、一緒にこうやってバカやれんのって、ガチで今だけよ。んでそれはアメリカに帰っちゃうアリーシャだけじゃなくってさ、うちらも同じなワケじゃん」
目から鱗だった。
アリーシャはずっと、心の隅の方で、日本にいられるのは今だけ、皆といられるのは今だけだと、ずっと、ずっとそう思っていた。
でも同じように、彼女たちも、アリーシャと一緒に女子高生をできるのは今だけだと、思ってくれているだなんて思ってもいなかった。
凛子が怒った理由が、今ようやくわかったような気がした。
思い出は大事で、きっとかけがえのないものになっていくのだろう。
でも、それを記憶するのは写真に任せておいてもいいだろう。
だってアリーシャは今を生きているんだし、写真に写る彼女は、こんなにも素晴らしい笑顔をしているのだから。
「うん。そうだね、私はこれから遠慮せずみんなと一緒に思いで作って、いっぱい写真を撮るよ」
「そうそう、それが一番よ」




