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白雪姫になるための魔法  作者: sin
長い長いプロローグ
2/9

01

アリーシャの両親はラテン系で、家の中での会話はスペイン語が主流だが、住んでいる地域の主流言語はアメリカ英語だった。

父の仕事の関係でそんな場所に住んでいて、母が少し英語が苦手なので、家ではスペイン語を話している。

そんな環境で生活しているから、アリーシャは十歳にしてスペイン語と英語が話せるバイリンガルだった。

二歳年下の弟も同じだが、それはそれ。

アリーシャだって八歳の時も喋れたのだから同じだ。

ともかく、アリーシャは十歳にして二か国語を喋ることが出来るのだ。

だから後一か国語増えたところで余裕だと思っていた。

しかも父が見つけてくれた日本語の教師は、父の職場の日本人男性の奥さんだった。

出張で五年間アメリカにいる予定なので、アパートを借りようとしたら良い物件がなく、戸建ての借家の方が条件もよかったので、一戸建ての家を借りたまではよかったのだが、日本にいた頃に芝刈りやら何やらをやったことがなく、庭が荒れて困っていた夫婦に付け込み、父は定期的な庭の手入れと芝刈りを行う代わりに、格安の日本語家庭教師を勝ち取ってきたのである。

持つべきは父の人脈とコミュニケーション能力である。

話が決まった後、父は彼らを家に招待して夕食を一緒に食べた。

旦那さんの方が中村なかむら 陽介ようすけ、日本語を教えてくれる奥さんが中村なかむら 美奈みなといった。

その人は物腰も柔らかかったし、英語も流暢(りゅうちょう)で、アリーシャと同性ということもあり、すぐに打ち解けることが出来た。

後に週一回のペースでアリーシャに日本語を教えてくれることとなった彼女は、日本語を誰かに教えたことがあったわけではなかったが、いろいろ調べたり、教材を取り寄せてくれたり、自分で教材を作ってくれたりして、積極的にアリーシャの力になろうとしてくれた。

謝礼をそこまで払っていないはずなのに、教材を取り寄せて大丈夫なのか、不安になって聞いてみたところ、旦那さんの仕事の関係でついてきたはいいものの、アメリカでは仕事も友人もなく、日中は暇で、暇つぶしに家中をピカピカに磨いて、無駄にお菓子を作ったり、豪華な夕飯を作り続け、半分くらい鬱になりかけていたところに声がかかったのだという。

アリーシャの申し出は、彼女にとっても渡りに船ということだった。


***


そんな彼女の元、日本語を勉強し始めたわけではあるが、なんともまあ難しいことこの上なかった。

最初の方はまだよかった。

簡単な日本語の文章を喋れるようになるために、英語の文章を日本語で言うとこうだとか、そういう会話を行うのはアニメで日本語を耳にしていたアリーシャと、一緒に勉強を始めた弟のエミリオにとって、そこまで大きな壁にならなかった。

ネイティブな発音には程遠いものがあったが、美奈(みな)が言うには、発音に違和感があってもそこまで問題ではないという。

多くの日本人は、自分たちの喋っている日本語というものが、自分たちの民族しか喋ることのない言葉だと理解しており、海外の人がそれを喋っているというだけで非常に喜び、心から褒めてくれるのだという。

ちょっとした発音の違いで“お上手ですね”と鼻で笑う某国とは違って、本気で嬉しそうに褒めてくれるのだという。

だからと言ってそれに甘えることはなく、ネイティブに近い話し方を覚えていこうと、彼女は慌てずゆっくり教えてくれた。

ここまではとりあえずよかった。問題は書きである。

まずアリーシャたちが教えてもらったのはひらがなだ。

スペイン語や英語に全くない形状の文字、発音は一緒に渡されたローマ字付きあいうえお表で覚えることになった。

まず文字を書くのにそれはそれは苦労した。変に曲がりくねった文字は、よくよく考えればアニメにたまに出てきたような気がするが、果たして本当にこんな愉快な形状をしていただろうか。

更に発音の方も、よくよく見れば順番で並んでいると思っていた表に、(TA)行にC()H()Iが入ってきたり、(HA)行にF()Uが入ってきたり、全く以て意味が分からなかった。

弟は日本語会話だけ積極的に勉強をし、読み書きの方は逃げるようになった。

確かに彼は日本語留学を目指しているわけではなかったため、一緒に勉強する理由もなかったが、一緒に勉強してくれる人がいないのは心細かった。

以前お世話になった掲示板に、日本語を勉強している経過報告をすると、そのひらがなを覚えた後に、カタカナと漢字が待っていること、オノマトペという壁に当たってからが本当の勝負どころだと脅された。

それでもその掲示板で、自分の日本語を学ぶときに同じ壁にぶつかったと言ってくれる人や、アリーシャの愚痴に共感してくれる人もいて、アリーシャの心の支えとなった。

十歳でそれだけできれば凄いだとか、日本人の先生に一対一で見てもらえることは幸運なことだから頑張れと励まされ、アリーシャはくじけず勉強をすることが出来た。

日本語の先生である美奈(みな)も、アリーシャが楽しく勉強できるように工夫もしてくれたし、漢字を勉強できるようになった頃には、日本人が実際に使っている漢字練習用のノートを取り寄せてくれたりした。

複数ある漢字の読み、同音異義語、様々な物の数え方…例を挙げたら切りがないくらい、大体の人が日本語を勉強するときに(つまず)いた場所で(つまず)いた。

それでもアリーシャは何年もかけて日本語というものに真剣に向き合った。

最初は意味の分からないものだった漢字も、(へん)(つくり)などの部首や意味を知ることによって、少しずつ理解ができるようになった。

読めなくても魚偏の漢字は魚の種類だろうかとか、人偏の漢字は、人に関係する何かを表しているのだろうかとか、そういう思考が自然とできるようになってからは、理解が早くなっていった。

美奈(みな)からもらった漢字練習用のノートは、アリーシャが一生懸命書いた漢字で一杯に埋まった。

最初に書いた文字を見返してみれば、なんともまあ、がたがたでひん曲がった文字を書いていたものだと自身で笑ってしまうくらいのものだった。

だが、それを笑えるくらいには、アリーシャは成長したのだ。

美奈(みな)に漢字ノートを貰った時、使ってしまうのがもったいないと思うくらいに嬉しかったけれども、こうして最後まで使い切ると、自身の成長が目に見えてわかり、言いようのない喜びと、使い切った達成感を感じられ、ちゃんと使って良かったと本当に思った。

この使い終わった漢字練習用ノートは、これから先にいくつも増えるのだが、ナンバリングをして全部大切にとっておいてある。

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