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天高く馬肥ゆる秋なんて言葉が日本にはあるが、今日はそんな言葉が似合うくらいの秋晴れだった。
アリーシャはアメリカにいた頃はほぼ着ることのなかった、ミニスカートに合わせた可愛らしいコーデに、ショートブーツを履いて待ち合わせのバス停まで向かっていた。
今日は日曜日で、ホストブラザーである彰浩の大学の学園祭へ遊びに行くことになっていた。
駅までは自転車で、そこからバスで行く形となる。
アメリカで何度も転びながら練習した自転車は、アメリカで乗ったマウンテンバイクではなく、日本では俗にママチャリと呼ばれる種類の物に乗ることになったが、練習した甲斐があって、通学初日から問題なく乗ることが出来、今ではアリーシャの貴重な通行手段の一つとなっていた。
黄緑色の葉から色鮮やかな黄色に移り変わりつつある銀杏並木を抜け、駅の駐輪場に自転車を止め、自転車に付属している鍵と、それとは別に自転車用の南京錠を付ける。
日本で一番多い犯罪が、この自転車の盗難だというのだから、全く以て平和な国だとつくづく思う。
駐輪場から待ち合わせのバス停まで歩いていると、見えてきたバス停に、既に到着している友人を見つけた。
向こうもこちらを見つけたみたいで、小さな体でぴょんぴょんと飛び跳ねながら両手を振っていた。
「アリちゃーん」
このへんてこなあだ名でアリーシャを呼ぶのが、花森 美緒莉。
入学したての一人ぼっちだったアリーシャに、最初に話しかけてくれたギャルである。
「おっはよー」
「おはよう。早いね美緒莉」
アリーシャがバス停について時計を確認すれば、待ち合わせ十分前、バスの時間では十五分前となっていた。
「アリちゃんもね」
美緒莉にそう言われれば、確かに今日はいつもより余裕を持って家を出たなと思った。
皆で出かけるのが楽しみではあったし、遅刻して迷惑をかけるわけにはいかないという使命感もあった。
アメリカにいた頃は、早朝の約束なんて特に、待ち合わせ時間に起きるくらいまであったのだから、人は変わるものだ。
アリーシャも日本に染まってきたなとしみじみ感じていると、もう一人の合流があった。
「うわ、マジ。あたしが最後かよ」
ちょっと口の悪い彼女は、関田 凛子。
美緒莉伝手で仲良くなった、いつも行動している四人組の、唯一の隣のクラスの女子だ。
長いミルクティーベージュ色の髪を持つ彼女は、学校では地毛で通しているが、どう見ても染めている。
今日は普段はその長い髪に隠して見えないようにしている耳のピアス穴に、かわいらしいピアスを付けていた。
見た目で言えば、四人の中で一番派手だが、なんだかんだ面倒見のいい子で、アリーシャも教科書を忘れた時などに、非常にお世話になっている。
もう一人、同じクラスの笹島 冴を入れればいつもの四人組となるが、冴は家が大学に近いため、現地集合となっていた。
集合時間八分前、バスの到着時間十三分前で全員が揃ってしまった。
しかも全員、ちゃんとかわいい私服を着て、化粧をして、髪を整えてやってきているのだから、本当に凄い。
最初の頃は遅刻の常習犯で、ホームステイ先で家族全員にせかされながら準備をしていたアリーシャも、ようやくこのくらいの時間に集まれるようになった。
成長を噛み締めているアリーシャの横で、大学生にイケメンはいるかなあだとか、朝食がまだなので先にご飯を食べたいなどの雑談を始めた二人に混ざり、くだらない話をしていれば、あっという間にバスが到着した。
バスに揺られること数駅、目的の大学前駅まで到着した。
バスを降りればそこには、既に冴が待っていた。
「おっす」
短い挨拶をして合流した冴は、既に入手していた大学祭用のパンフレットを広げながら、今日のプランを立てていてくれていた。
ショートカットにシンプルな服装を好む彼女は、もしかしたら四人の中でアリーシャよりも浮いているかもしれない。
基本的にしっかりした性格ではあるが、おおざっぱなところもあり、服装も髪型も、めんどくさいからとシンプルなものを選んでおり、そういったところでよく凛子に文句を言われながら世話を焼かれている。
「アリーシャのお兄さんがやる劇は、多分ここであってると思うんだよね」
アリーシャのホストブラザーである彰浩は、今日この学園祭で演劇をやるとのことだった。
良かったら見に来てと誘ってもらったので、アリーシャの目的はそこにあった。
時間と場所は先に聞いていたので、冴がパンフレットで確認してくれていたそこで、合っているようだとわかった。
ついでに席は自由席となっている。
「十三時かー。じゃあちょっと早めにご飯にして、いい席取りに入っておこうか。他どこか見たいところあったりする?」
「はいはーい。朝ごはんが食べたいでーす」
「あたし甘いものがいいな。近くになんかないかな」
「ええ、朝食食べてこなかったのかよ」
美緒莉と凛子の訴えに、冴は呆れたように対応していた。
それでもパンフレットを見ながら一番近い軽食がある露店を探しているので、面倒見がいい。
「ごめんねアリーシャ。先に朝ご飯でもいいかな」
「うん。私も食べてないから大賛成」
アリーシャの返事と共に鳴った腹の音に、冴はため息をついた。
ちょっと前まで遅刻常習犯だったアリーシャが、朝食まで完璧にとって遅刻しないで来たなんて、そんなことがあるわけないと思ってほしいところだ。
「朝、食べてきたの私だけかあ」
むしろよく食べてくる時間があったものだとアリーシャは感心した。
家から大学が近いと言っても、女の子の身支度には時間がかかるものである。
普通に考えて、朝早くの集合に間に合わせるなら、朝食など食べている時間なんてないのだ。
***
朝食という名のブランチは、露店でやっていたパニーニとシフォンケーキとなった。
冴はコーヒーにポテトだけつまんでいる。
周囲は既に賑やかで、高校の文化祭とはまた違う雰囲気があった。
規模が大きいので、どちらかというと夏に行ったお祭りの露店に近いというのがアリーシャの感想だ。
それでも、大学生が各々、変な格好をして看板を持ち歩きながら出し物の宣伝をしたりしているのは、学園祭ならではの雰囲気だといったところか。
高校では運営側だったので、お客様として参加するのは今回が初めてだ。
食事をしてお腹が満たされて、ようやく頭が回ってきたのか、今更ながらこの雰囲気にわくわくしてきた。
小腹を満たした一行は、野外ライブのステージを通り過ぎ、クイズ研究部主催のリアル脱出ゲームに参加し、キャーキャー騒ぎながらもなんとか時間内に脱出したり、茶道部の茶道体験にて、とても高い茶器でお茶の体験をさせてもらったりした。
初めて体験した茶道は、やり方を教えてもらいながら、和やかな雰囲気で行えたため、とても楽しい体験となった。
出された和菓子は非常に美しく、かわいらしいもので、菓子切で切ると思ったよりも柔らかくて驚いた。
口にしてみれば、小さいのにしっかりとした甘い味わいがあり、その後頂いた抹茶も、苦いという先入観があったが、ふわふわと泡立てられた抹茶は、一口目がほの甘く、口いっぱいに抹茶の香りが広がって、とても美味しかった。
感動ではしゃいでしまいそうになったが、周囲の静かな雰囲気にその気持ちを飲み込んだ。
体験が終わった後、みんなと正座頑張ったね、抹茶美味しかったね、なんていう雑談をして、野外ライブの音楽をBGMに各々食べたいものを買ってきて昼食となった。
アリーシャは夏祭りの時に食べて美味しかったお好み焼きを、美緒莉はのんびりとした性格に似合わず激辛好きで、見つけてきたケバブの激辛を笑顔で食べていた。
逆にズバッとものを言う性格の凛子は辛いものが苦手で、バターチキンカレーの甘口を食べていた。
そして冴は、朝食にみんなで食べていたパニーニが羨ましかったらしく、昼食に買っていた。
昼食には足らないからと、追加で買った唐揚げを食べながら、この唐揚げはもしかしたら仕入れ先がうちらと同じかもしれないねと笑っていた。




