09
短期間で飛行機に何度も乗ったアリーシャは、勝手に慣れたと思い込んでいたが、二度目の訪日にも震えるほどの感動をした。
本当の本当の本当に、アリーシャは日本で高校生になるのだと、何度目かの実感を噛み締めていた。
アリーシャを空港に迎えに来てくれたのは、仕事の都合もあり、ホストブラザーの彰浩だけだったが、お帰りとおめでとうを言われて、また泣いてしまいそうになった。
ホームステイ先の家に着いて、与えられた部屋に荷物を降ろして、家族が返ってから夕食になり、その席で皆がアリーシャの合格を祝ってくれて、アリーシャは本当に嬉しかった。
そこからは怒涛の毎日だった。
学校へ通うための自転車を買ったり、制服と体操着の採寸を行い購入。
シャツや鞄や革靴や運動靴といった小物の購入も行い、入学説明会と、教科書の購入、その後せっかくならと日本の筆記用具やノートを買い揃え、目まぐるしい出費にひいひい行っている間に、出来上がった制服が可愛くて、入学式もまだなのに袖を通して写真を撮って、アメリカの家族と美奈に送って、似合っているとひとしきり褒めてもらって、それでそれでそれで…
桜の花も盛りを過ぎて、葉桜となった四月の頃。
アリーシャはついに、高校生になった。
所謂、女子高生というやつである。
***
入学式の式典は恙なく終わった。
胸に付けられた花がとても誇らしかったし、学校長の長い話も、これが噂のあれかと観光気分で聞いてられた。
国歌斉唱が一緒に歌えなかったため、アリーシャは密やかに練習をしようと心に決めた。
アメリカの国歌とは、当たり前だが違うのである。
入学式後、クラス分けになって、アリーシャは早速孤立した。
周囲はどうやら、同じ中学校を卒業した面々とグループを組んでいるようだった。
アリーシャはアメリカから来たわけで、周囲に知り合いは勿論いない。
しかし、アメリカの学校でもそこまで友達が多かったわけではなかったし、教室の隅で大人しくしていることの方が多かった。
友達は徐々にできればいいと思って、物珍しい教室を眺めながら、一人静かに自席に座っていた。
その後、簡単な自己紹介を含んだホームルームが終わると、その日はそれで終了となった。
部活の説明や見学ができるとのことだったが、アリーシャは、留学のためにかかった費用を少しでも自分で返すためアルバイトをする予定で、部活に入るつもりはなかった。
今日はとりあえずこのまま帰ろうと、席を立ったアリーシャに話しかけてきたのが、現在の親友である花森 美緒莉だった。
彼女は何故か、非常にアリーシャに興味津々だった。
自己紹介の時の日本語が流暢だったため、話しかけても大丈夫だと判断したらしい。
アメリカから一人で日本の高校に留学してきたと言うと、非常に驚かれ、流暢に話せるまで日本語を勉強したことや単身で日本に留学する行動力と度胸を、矢継ぎ早に褒められて、アリーシャが目を白黒していると、美緒莉も同じ中学校の子がクラスにいないので、一人だからよければ仲良くしてほしいと言われ、アリーシャはその勢いに負けて頷いた。
その後、笑顔でまたねと去って行った美緒莉を見送ったアリーシャの心臓は、恐ろしいくらいに早鐘を打っていた。
同じ年頃の日本人の女の子の同級生に話しかけられたという事実もそうだが、何よりアリーシャを動揺させたのが、話しかけてくれた美緒莉の外見が、所謂ギャルと呼ばれるもののそれだったことだ。
緩く二つに分かれ、前に垂らして結ばれたローツインテールの黒髪。
うっすらと施された化粧。
零れ落ちそうなくらいの大きな瞳。
小さく潤っている唇。
全員新品のはずの制服は、着慣れたファッションのように着こなされており、既に短いスカートに一回り大きめのカーディガンを羽織っていて、なんだか近くで話していたらいい匂いがした。
何度だっていうがアリーシャは教室の隅で大人しくしているタイプの人間だった。
友達も、同じような教室の隅でアニメや漫画の話ができるような子となるつもりでいた。
それなのにいきなり、何もしていないのに、例えるならクラスで一番かわいいチアリーダー部に入っている女子に、なんの含みもなく笑顔で話しかけられたかのような、そんな体験をしてしまったくらいの衝撃を受けていた。
棲む世界が違うとでもいえばいいのだろうか。
これから本当に仲良くできるのか、そもそも話が合うのか不安で仕方なかったが、話をしてみればいい子で、他に似た系統の友達も二人増えて、最終的に仲良し四人組としてよくつるむようにまでなった。
彼女たちのほかにも、当初の目標であった、アニメや漫画の話ができる友達も、クラスの端でアニメの話をしているグループに特攻して得ることが出来た。
そのうちの一人は、アリーシャのホームステイ先とご近所で、休日に一緒にアニメ映画を観たりして遊ぶ仲になった。
その他にも、入学してそこまでたたない頃に、近くのクラスから何人かの男子がやってきて、教室の入口近くでひそひそ喋っていたことがあり、迷惑がったクラスメイトが注意をしたところ、アリーシャに会いに来たと言われ、どんな言いがかりをつけられるのかと身構えていたら、本場のアメリカ人が留学してきたと聞き、自分たちの英語がどの程度通じるのか、腕試しに話しかけに来たら、留学生がまさかの女の子で、話しかける勇気がなく、教室の入口で、誰が先に話しかけに行くのか作戦会議をしていたのだという。
アリーシャはその話を聞いて笑ってしまった。
彼らはアメリカ人と話す覚悟はできていたが、女の子と話す覚悟が出来ていなかったのである。
英会話部に入っているという彼らとは、最終的に出会えば英語で世間話をするくらいの仲になった。
英会話の腕試しにと来ただけはあって、彼らの英語はそれなりに流暢だった。
かつて日本語を練習するために一生懸命だった自身と彼らの姿が重なって、非常に微笑ましい気持ちになるのは、彼らには内緒である。
そんな感じで思ったよりもたくさんの友達ができたアリーシャの学校生活は、最高の一言だった。
最初にあったイベントの球技大会で、クラスでおそろいのTシャツを作った。
自分たちで作ったくせに、ダサいと評判がよろしくなかったクラスTシャツは、アリーシャにとっては最高の宝物となった。
競技の方は、自分が入っている部活の競技には参加してはいけないというルールで行われ、帰宅部のアリーシャは周囲の女子よりも高い背を生かし、バスケットボールに参加し、バスケ部がいないでフィールドで非常に活躍をした。
夏休みにはたくさんアルバイトをして、友達と夏祭りに行って、アニメで見たことのある光景に興奮し、出店の食事に舌鼓を打った。
神輿や露店の写真をたくさん撮って、アメリカの家族に送って、向こうは向こうで楽しんでいるバカンスの写真を貰って、たくさんの経験をお互い語り合った。
他にもホームステイ家族が温泉旅行に連れて行ってくれたりもした。
浴衣も、大浴場も、畳の部屋も、ベッドでなく畳の上にひかれた布団で眠るのも、全部が全部初体験で、全てにいちいち感動した。
そして来る体育祭。
アリーシャが日本に行きたいと駄々をこねた原因の一つとなる大イベントでは、球技大会で作ったクラスTシャツをもう一度着て、クラス一丸となって楽しんだ。
アメリカではまずやらないような、個性的な競技が面白かったけれど、何より代表者リレーが大盛り上がりだった。
中間、期末と区切りごとにあるテストも、それを言い訳に友達と一緒に勉強が出来て、その時間がとても好きだった。
日本の歴史は長くて覚えるのが大変だと文句を言ったアリーシャに、クラスの男子が図書館にある超長編漫画を教えてくれて、それからアリーシャは歴史に対する考えが変わった。
毎日から週一回、週一回から月一回くらいになっていた家族のビデオ通話。
個人的に連絡を取ることも、そこまでなくなってきていたが、その日アリーシャは弟に個人的にメールを入れた。
弟よ、聞いてほしい。日本の歴史は漫画になっていた。
その漫画はなかなかに面白く、テスト期間前だというのに読みふけってしまうほどではあったので、注意が必要だった。
それと、アリーシャに日本語を教えてくれた美奈にも会いに行った。
学校で友達が出来て、電車で出かけることも増えたアリーシャは、問題なく一人で電車に乗れるようになっていた。
東京まではちょっと遠かったが、きちんとたどり着くことが出来た。
最初の最初に秋葉原に連れて行ってもらったことがあった以来の東京は、相変わらずとてつもない都会だった。
美奈が迎えに来てくれて、家にお邪魔して、今の生活がとても楽しく、幸せであると、学生生活の喜びをたくさん報告した。
美奈の娘の紬ちゃんともご挨拶をしたが、とてもとても可愛らしくて、アリーシャは勝手にお姉ちゃんになった気持ちだった。
そしてその後、アリーシャの学校では文化祭が行われた。
ホームステイ家族も、美奈も旦那さんと娘さんを連れて遊びに来てくれた。
アリーシャのクラスは冷凍の唐揚げを揚げて出すというだけの露店だったけれど、生徒会から配られた予算内で、どれだけの売り上げを出すか、どのような露店にするか、買い出しの担当、当日のシフト、チラシの作成、やることがいっぱいあって、目まぐるしくも楽しい準備期間を経て、当日、球技大会で作ったクラスTシャツをもう一度引っ張り出して着て、アリーシャもバイトの経験を活かし、販売側のシフトに入って、唐揚げをたくさん売った。
本当に、楽しくて充実した高校生活を送っていた。
十歳の頃の自分に教えてあげたい。
君はちゃんと成し遂げて、あの憧れの学生生活を送ることが出来るのだと。
そんな毎日が楽しく、幸せいっぱいなアリーシャが、もう一度大きな夢を抱くことになるのは、高校の文化祭が終わって、ホームステイ家族の兄に、大学の学園祭を見に来ないかと誘われたのが切っ掛けだった。
長い長いプロローグ 完




