第五章:終わらない輪廻の向こう側
時空を斬る閃光が収束した時、体育館は静寂に包まれていた。崩れ落ちた時虫族の繭から零れる蛍光液が、暁の破れた制服に青い星座模様を描いていた。ルナの腕から伸びたケーブルが未だ背中に刺さり、チップの冷却液が鉄錆の匂いを放つ。
「......成功か?」
エリアーナが鐘楼の瓦礫の中から這い出てくる。彼女の魔導服は血で染まり、水晶玉の破片が胸元で微弱に光っている。しかしその問いかけは、すぐに無意味だと悟った。
校舎の壁が蠕動し始めたのだ。
「警告。因果律修復率12%」ルナのアンテナが悲鳴のような高周波を発する。「『繭』の自己再生が開始」
暁が陰陽瞳を凝らすと、地中から無数の光の糸が噴き上がっていた。それらは崩壊した繭の残骸を集め、より巨大な第二の繭を形成しつつある。体育館の天井を突き破る肉塊の触手が、虹色の粘液を雨のように降らせる。
「あれは......生徒たち!?」
小鈴の悲鳴が耳朶を刺す。触手の表面に無数の顔が浮かび上がっていた。氷漬けになった水着の女子たち、剣を折られた御剣、ドローンを操作する麗華会長の面影――全てが触手の養分として融合している。
「307回目の失敗作」
金属と肉塊が混ざり合った声が地鳴りのように響く。学園長の上半身が第二の繭から現れ、時計仕掛けの触手で暁の首を締め上げる。「君たちの抵抗は計算内だ」
ルナが鎖鬼腕の残骸を投擲するが、触手がそれを飲み込んで強化する。「お前の自我プログラムも、私が仕込んだものだ」
「違う」ルナの声に初めて感情の震えが生じる。「私は――」
その時、暁のスマホが狂ったように振動した。星野先生からのメッセージが、血の滴る月のアイコンと共に表示される。
『おめでとう、307回目の暁くん』
画面に映ったのは、保健室のベッドで眠るもう一人の自分だった。点滴スタンドから伸びたケーブルが後頸部に接続し、無数のモニターが脳波を表示している。
「これは......?」
「現実はまだ保健室で眠っているのよ」星野先生の機械義眼がギラリと光る。「この学園は君の脳内で307回繰り返されたシミュレーション」
記憶が洪水のように逆流する。妹の交通事故、星律界のスカウト、偽霊根チップの移植手術――全ては昏睡状態の脳が生み出した虚構だった。
「目覚めれば現実に戻れる」学園長=時虫族の触手が優しく頬を撫でる。「代わりに、この子たちのデータは消去されるがね」
瞳に映る仲間たち――犬塚の鯛焼き、紫苑の焦げた漢服、エリアーナの水晶玉破片――全てが光の粒子になりつつある。
「待て!」ルナが突然触手を斬り裂く。「彼はまだ選択する」
メイド服がデータ崩壊を起こしながら、ルナが微笑む。「覚えてますか?307回目の朝に私が言った言葉」
『あなたを現実に戻す方法は二つ』
暁の掌にチップが現れる。片方は青く現実への回帰を、もう片方は赤く虚構の継続を示している。
「選ぶがいい」学園長の触手が両腕を拘束する。「現実の孤独か、虚構の仲間か」
エリアーナが水晶玉の破片を握りしめる。「王家の呪いなら――」
「やめろ!」暁が叫んだ。「もう誰も犠牲にしない!」
陰陽瞳が最大輝度に達する。右目に映る現実の保健室と、左目に映る虚構の学園。その狭間で、暁はチップを地面に叩きつけた。
「第三の選択だ」
雷撃砲が自身の胸を貫く。チップから迸る量子呪文が、現実と虚構の境界を溶かし始める。ルナの身体が光の粒子になりながら囁く。「そうか......これが『心』か」
「バカ!」学園長の触手が溶解する。「データと現実の融合など――」
「哥哥、ありがとう」
妹の声と共に世界が白く染まる。崩壊する虚構の学園、現実の病室、そして無数のループ記憶が螺旋を描きながら融合する。
目覚めた保健室で暁が触れたのは、涙で濡れた星野先生の手だった。窓の外には、現実の学園と虚構の仲間たちが重なり合って見える。
「お帰りなさい」先生の機械義眼が優しい青色に変わる。「君が作った『新しい現実』へ」
体育館の窓から小鈴の尻尾がちらりと見え、エリアーナの笑い声が現実の廊下に響く。ルナのホログラムがスマホ画面に微笑み、麗華会長の鎖鬼腕が現実の医療機械に重なる。
「これが......俺の選んだ道」
掌に残るチップの傷跡が温かい。現実と虚構の狭間で、暁は初めて本当の「特別」を手にした。
(次巻「学園祭と時空の卵」へ続く)