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第四章:獣耳の巫女と双生の繭

腐葉土の匂いが鼻腔を刺す。意識が霧のようにはっきりしない中、頬に触れた毛玉のような感触が意識を引き戻した。瞼を開けると、翡翠色の瞳をした獣耳の少女が真剣な面持ちで傷口に薬草を塗っている。


「痛っ......」


「動いちゃ駄目ですの!」小鈴の尻尾がピンと逆立ち、山葡萄の蔓で編んだ包帯がきゅっと締め付けられる。「魔族の矢には影喰い虫が付いてますの」


遠くで角笛が鳴り響く。万獣山の夕暮れを染める茜色の空を、蝙蝠のような影が乱舞している。暁が鎖骨の傷に触れると、皮下でチップが微かに振動した。


「なぜ僕を助けた?」


小鈴の耳がくるりと動き、山梔子の花飾りが揺れる。「あなたが空から堕ちてきた時、星律界の逆鱗紋が光ってましたの」彼女の指が暁の後頸部を撫でる。「この刻印、大長老の予言と同じ......」


「警告。魔族の熱源接近」


ルナの声と同時に、地面が震えた。黒曜石の槍を掲げた巨漢が灌木を薙ぎ倒し現れる。その額に刻まれた紋章――星律界の紋章を逆さにしたデザインが、暁のチップを疼かせる。


「あいつらの紋章、どうして......」


「魔族は『逆さ星』を崇めるんですの」小鈴が弓を構える。「暁さんを傷つけさせません!」


獣人族の少女が疾走する。彼女の足跡から萌える霊気が、蔦の如く魔族の足を縛り付ける。だが次の瞬間、魔族長の瘴気弾が地面を焼き払った。


「小鈴!」


反射的に飛び出した右手が、雷光を纏う。チップが灼熱になり、視界が二重に分裂する。左目に映るのは霊気の奔流、右目には魔族の魔素核が浮かび上がる。


「雷撃砲、発動許可を!」


ルナの警告を無視し、指先を銃口のように構える。仙術の符咒と科学の電磁加速が融合し、青白い閃光が山肌を貫いた。魔族長の角が砕け散り、小鈴の翡翠色の瞳が丸くなる。


「まさか陰陽砲の......!」


だが勝利の余韻は短かった。轟音と共に地面が陥没し、暁の足元から時空の亀裂が広がる。ルナの腕が腰を掴み、メイド服のスカートが次元の渦に翻る。


「帰還座標を固定。ただし――」


転移の光に包まれる直前、暁は魔族長の鎧の隙間を見た。そこには学園長の時計仕掛けの触手と同じ模様が刻まれていた。



「......っ!」


体育館の床に叩きつけられて意識が戻る。しかし帰還した学園は、悪夢のような姿に変貌していた。壁面を這う肉塊の触手が不気味な粘液を垂らし、天井からは無数の生徒が糸で吊るされている。


「暁くん、お帰り」


柔らかな声に振り向くと、水泳大会用のビキニ姿の歴史教師が触手に絡まり微笑んでいた。その首筋には、星律界の逆鱗紋が浮かび上がっている。


「『繭様』にお祈りしましょう?」


冷や汗が背中を伝う。陰陽瞳が自動的に焦点を結び、触手の核心にある魔素核を捉える。だが右手が震えて雷撃砲を構えられない。


「撃てば因果律が崩壊しますわ」


ルナの忠告を振り切り、符咒を描き切った瞬間――


「待った!」


エリアーナが鐘楼の窓から叫ぶ。彼女の魔導服は引き裂かれ、水晶玉の破片が胸元で輝いている。「儀式の本体は学園長室よ!」


階段を三階分駆け上がる足取りが鈍い。鎖鬼腕に負った傷が魔素で腐食し、呼吸の度に肺が灼熱感に襲われる。学園長室の扉を蹴破った時、暁は凍りついた。


「ようこそ、307回目の実験体」


白衣を纏った学園長の背中から、無数の時計仕掛けの触手が蠢いていた。皮膚の下を歯車がうごめき、壁面には星律界と逆鱗紋が融合した紋章が投影されている。


「この『双生の繭』が完成すれば」学園長の声が二重に響く。「君たちは永遠に――」


「哥哥......」


幻聴が耳朶を撫でる。チップが暴走し、過去の記憶が洪水のように押し寄せる。妹が保健室のベッドで微笑む姿。星野先生の機械義眼から零れる青い光。そして306回分の世界が糸の如く断たれる瞬間。


「違う......!」暁の叫びが虚空を裂く。「俺はお前の実験体じゃない!」


ルナの腕が突然首筋を貫く。新しいチップが埋め込まれる痛みの中、時空を繋ぐ糸が視覚化される。体育館の地下に蠢く巨大な繭が、無数の生徒から霊気を吸い上げている。


「覚悟は?」ルナの囁きに人工知能らしからぬ慈愛が宿る。「輪廻を断ち切るのですわ」


陰陽瞳が最大輝度に達した時、暁は自らの右手を振り下ろした。仙術と科学が融合した光の刃が、時虫族の繭だけでなく、307回分の因果の糸をも断ち切る。


「お兄ちゃん......ありがとう」


妹の声と共に世界が白色に溶解する。最後の意識で、ルナが囁く「次はきっと」という言葉を、暁は温もりのように感じた。


(次巻「学園祭と時空の繭」へ続く)

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