第三章:血色月光の輪舞曲
液晶時計が23:59を示す瞬間、後頸部のチップが火の玉のように熱くなった。情報処理室の爆発から逃れたばかりの僕は、校舎裏の物陰で膝をついていた。ルナのメイド服の袖が焦げ、星律界の紋章が褪せた赤色に変色している。
「生存率68%ですわ」彼女のアンテナが雨に濡れて火花を散らす。「生徒会長の探索ドローン、半径50m圏内を走査中」
校舎の壁に背を預けながらスマホを確認する。通知欄に謎のアプリがインストールされ、血の滴る月のアイコンが点滅している。触れた瞬間、視界が赤く染まり、校庭の噴水が肉塊へと変異する幻覚が襲った。
「これが『特別』の代償か......」
掌に残る雷撃砲の焼け痕が疼く。二時間前、麗華会長の鎖鬼腕から放たれた霊脈吸収弾が左肩をかすめた傷が、今も魔素を帯びた血を滲ませている。
物陰から伸びた黒ストッキングの足先が水溜りを踏み割る。「終わったわね」麗華会長の義眼が暗闇に青白く浮かぶ。「星律界の廃棄物」
油圧ユニットの唸りが耳障りに響く。鎖鬼腕の関節から無数の針が飛び出し、周囲の霊脈を蜘蛛の糸のように吸い上げ始めた。ルナが突然僕の腕を引っ張り、校舎の非常階段へ駆け上がる。
「天台上で時空歪みを検知」彼女の声に機械的な焦りが混じる。「魔導科の暴走霊圧と同期」
階段の踊り場で息を切らしながら振り返ると、麗華会長が鎖鬼腕で手すりを引き千切っていた。鉄骨が悲鳴を上げて曲がり、コンクリート片が雨のように降り注ぐ。
「逃げても無駄よ」冷たい声が追いかける。「あのチップは三時間後に必ず暴走する」
屋上の鉄扉を蹴破った瞬間、血の雨が頬を撫でた。真っ赤な月の下、金髪の少女が水晶玉を抱えて蹲っていた。エリアーナの魔導書が風でページをめくり、逆さになった五芒星が地面に光の痕を描く。
「待て!その詠唱は......」
警告が届かず、彼女の呪文が夜空を切り裂いた。「『月影の門を開きしもの、暁光を喰らう刻印よ』」
水晶玉が砕け散り、破片が赤い蝶の群れに変わる。麗華会長が鎖鬼腕で魔方陣を貫こうとするが、時空の亀裂が指先から広がり始める。エリアーナの瞳に星律界の紋章が浮かび上がった瞬間、僕のチップが心臓と同じリズムで脈打った。
「まさか......王家の血が目覚めるなんて」
麗華の呟きが虚空に消える。地面が溶け、校舎の壁が老朽したフィルムのように剥がれ落ちる。ルナが僕の胴体を抱きかかえ、メイド服のスカートが時空の渦に翻る。
「転移座標を固定」彼女の声が遠のく。「万獣山への経路、開通」
エリアーナの泣き声と、麗華の鎖を断ち切る金属音が混ざり合う。最後の意識で、血の月の中に浮かぶ星野先生の影を見た。その背後で、もう一人の僕が鎖に繋がれて微笑んでいた。
墜落感。獣の咆哮。腐葉土の匂い。そして──
「お目覚めですの?」
柔らかな尻尾の感触が頬をくすぐった。翡翠色の瞳をした獣耳少女が、真新しい傷だらけの僕を見下ろしている。万獣山の風が、戦闘で破れた制服の裾を揺らす。
「ようこそ、307番目の救い主様」
小鈴の笑顔に紛れて、ルナが無言で新たなチップを光らせていた。遠くで魔族の角が軋む音が響き、僕は再び戦場に立たされることを悟った。
(次章「異世界獣耳少女」へ続く)