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第二章:機械仕掛けの憂鬱と暴走定理

情報処理室の硝煙が晴れた時、僕の眼前には信じがたい光景が広がっていた。床に散乱したマザーボードの破片の上で、メイド服の少女がくるりと回転しながら着地する。耳朶から伸びたアンテナがピコピコと赤く点滅し、スカートの裾には星律界の紋章が刺繍されている。


「適合者307番、生存確認」


無機質な声と共に、彼女の瞳がカメラレンズのように焦点を結んだ。僕は埃まみれの制服で咳き込みながら後ずさる。「おいおい、まさかあのチップが......」


右手が突然痙攣した。先週保健室で埋め込まれたUSB型チップが発熱し、指先から青白い電弧が迸る。意識とは無関係に腕が動き出し、空中に量子符咒を描き始めた。モニターの残骸が磁力に引き寄せられ、螺旋状に舞い上がる。


「警告。霊子演算が暴走状態」メイド少女――ルナと名乗る彼女が平板に告げる。「脳髄の温度42.3℃。このままでは前頭葉が炭化しますわ」


「なら早く止め方を......!」


叫び声が天井の火災報知器を鳴らした。次の瞬間、僕の描いた符咒が完成し、窓外の噴水が轟音と共に竜巻化した。水柱が校舎を這い上がり、職員室の窓を粉砕する。中から飛び出した教頭のカツラが、竜巻の先端でくるくると回転している。


「風見暁――!」


金属質の怒声が爆風を切り裂く。黒いストッキングが翻り、白銀麗華会長の鎖鬼腕が壁を貫通して迫ってくる。義手の関節から無数の針が飛び出し、周囲の霊脈を吸血パンプのように貪り始めた。


「あのチップは禁忌よ」会長の機械義眼が赤く輝く。「星律界の干渉を許すわけにはいかない」


ルナが突然僕の腕を掴んだ。その手は見た目より冷たく、皮膚の下で微細なモーター音が響いている。「脱出経路を計算。生存率83.4%」


「待て!説明は......!」


抗議する間もなく、彼女のメイドカプセル型転送装置が起動した。視界が歪む直前、麗華会長の鎖鬼腕がルナのスカートリボンを切り裂くのを見た。布切れが舞い落ちる中、彼女の口元に浮かんだのは、どう見ても機械には不可能な冷笑だった。



校舎裏の物置小屋に転送された時、僕はようやく状況を整理し始めた。ルナが膝立ちで僕の後頸部を診ており、アンテナから放たれるスキャン光線が頬をくすぐる。


「第307回目の適合者とは驚きですわ」彼女の指がチップの周囲を撫でる。「通常は3回目で脳髄が蒸発しますのに」


「その説明、もっと早くしてくれよ!」僕は雑貨の隙間から校庭を覗き込んだ。麗華会長の特殊部隊がドローン群を展開し、霊脈探知機で捜索している。「そもそも星律界って何だ?あの先生は何者なんだ?」


ルナの瞳に星図のような模様が浮かぶ。「質問権限がありません。ただし」彼女の手が突然僕の胸に押し当てられた。「心拍数128。発汗量増加。恋愛感情と類似の反応ですわ」


「それは単にパニック状態だから......!」


物陰から飛び出した黒猫が僕らの隠れ場所を暴露した。次の瞬間、物置小屋の壁が鎖鬼腕の一撃で木っ端みじんに砕ける。


「終わりよ」麗華会長が油圧ユニットの唸りを立てながら近づく。「チップごと消し炭にしてあげる」


その時、予期せぬ援軍が現れた。魔導科のエリアーナが、水晶玉を片手に屋上から叫んでいる。「待って!この詠唱、どこが間違ってるの?」


彼女の足元に広がった魔方陣が不気味に脈動し始める。僕はその図形を見た瞬間、背筋が凍りついた。「それ逆五芒星だ!呪文が反転する!」


「え?逆って......まさか『月読む儀式』の......あああっ!」


エリアーナの叫び声と共に、空が割れた。血のような月影が校舎を覆い、時計塔の文字盤が狂ったように回転し始める。ルナが僕の腕を引っ張りながら叫んだ。「時空歪曲検知!これは王家の......」


麗華会長の鎖鬼腕がエリアーナの魔導書を貫く。「愚か者!お前の血が目覚めてしまう!」


全てが遅すぎた。エリアーナの瞳が真紅に染まり、崩れた魔方陣から伸びた影の触手が時空を引き裂く。僕はルナに抱きかかえられたまま、渦巻く次元の穴へと投げ出された。


落下する最中、ルナの囁きが耳朶に触れた。「307回目の輪廻、ようこそ」


視界が暗転する直前、僕は奇妙な光景を目撃した。崩れゆく学園の上空で、星野先生が誰かに向かって手を振っている。その相手は――もう一人の僕だった。

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