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第一章:偽霊根チップは突然に


午後の光が珪砂ガラスの窓を透し、黒板に貼られた「量子符咒基礎理論」のプリントを黄金色に染めていた。風見暁は頬杖をつきながら、教室の時計が刻む退屈なリズムを数えていた。13:07。保健室で星野リカ先生に謎のチップを埋め込まれてから、ちょうど48時間が経過する時刻だ。


「ねえ、暁くん」


隣席の犬塚光太郎が突然肘で突ついてきた。彼の手には最新型のタブレットが光っており、#昼光学園危険ランキング のハッシュタグがトレンド入りしている。


「今週の仙術科事故トップ3、見た?一位は御剣さんの『剣気暴走で理科室蒸発』、二位が......」


轟音が犬塚の言葉を遮った。暁の瞳に映ったのは、漢服の裾を翻しながら窓ガラスを粉砕して突入してくる御剣紫苑の姿。彼女が乗る青龍紋の飛剣が放つ霊気が、暁の前髪を焦がした。


「わあっ!」


咄嗙に机の下に潜り込んだ瞬間、教科書『量子符咒学』が真っ二つに切断される。紙片が雪のように舞う中、紫苑は空中で不器用に手を合わせる。「ごめんね!霊脈同調の実習で......」


「それ今週三回目ですよ!」暁が埃まみれの頭を出しながら叫ぶと、教室の扉がバタンと開いた。黒いストッキングに包まれた美脚が油圧音を立てて床を軋ませる。白銀麗華会長の機械義眼が、破壊された窓枠の残骸をスキャンしていた。


「修繕費は君の奨学金から差し引かせてもらうわ」冷たい金属音色の声が教室に響く。「それと、御剣紫苑さん。武装解除室で2時間の霊力封印処分よ」


紫苑が青ざめて飛剣から降りるのを見届けると、麗華は義手のスピーカーから警告音を鳴らした。暁がふと会長の鎖鬼腕に目をやると、継ぎ目から滲む赤い液体が霊脈を貪るように脈動している。後頸部のチップが突然熱くなり、視界に星律界の紋章が浮かび上がった。


(また幻覚か......)


「暁、大丈夫?」犬塚が心配そうにのぞき込む。「また保健室のあれの影響?」


「いや、ただの貧血だよ」暁は慌てて俯く。先週の保健室で埋め込まれた謎のチップのことは、誰にも話せなかった。星野先生の機械義眼が青く光りながら「君は特別なのよ」と囁いたあの日から、時折現れる幻覚に悩まされていた。



昼休みのプールサイドは、水着姿の女子たちの笑い声で賑わっていた。暁が木陰で弁当を広げようとした瞬間、魔導科の伊集院鈴夏先輩の甲高い声が響いた。


「アキュアティア・ウンディーネの涙よ、清らかな流れとなって──ハクション!」


くしゃみと共に暴走した水系魔法がプールを襲う。水面がブルーオーロラのように凍結し、水着の女子たちは生きた彫刻と化した。日光が氷像を通り抜け、虹色の影を砂浜に描き出す。


「三年魔導科!即刻隔離棟へ!」


麗華会長の声が義手のスピーカーから爆音で響いた。暁がココナッツの木陰に隠れながら凍ったプールを眺めていると、後頸部のチップがジンジンと疼きだした。視界が歪み、氷の中に閉じ込められた女子たちの影が不自然に長く伸びているのが見える。


(まさか......)


氷像の影が突然首を捻る。暁が目を擦ると、普通の影に戻っていた。心拍数が上がるのを感じながらスマホを取り出すと、SNSに#307番目の犠牲者 という謎のタグが流れている。


「おい暁、また独り言だぞ」犬塚が肩を叩いてきた。「最近様子がおかしいな。まさか星野先生に......」


「何でもない!」弁当の梅干しを砂浜に落としながら立ち上がる。逃げるようにプールを離れる背中に、友人たちの囁きが突き刺さった。


「保健室から出てきた時、首に青い痣があったらしいよ」「都市伝説の『チップ憑依』じゃないか?」



放課後の情報処理室は、夕焼けの光がサーバーラックに斜めに差し込んでいた。暁がレポート用USBを挿した瞬間、謎のチップが熱を発し始めた。モニターが青白く輝き、画面上に星律界の紋章が浮かび上がる。


「警告。疑似霊根チップが暴走状態」


煙の中から現れたメイド服の少女は、耳朶のアンテナをぴくつかせながら淡々と告げた。「適合者307番。脳波同期率120%を突破。冷却処分プロトコルを開始します」


「待て!そもそもお前は......」


右手が独りでに動き出した。指先から放たれた量子呪文が空中に浮かび、周囲のモニターが次々と爆発する。露娜と名乗る機械女僕のスカートがデータの奔流に翻り、大腿部に刻まれた星律界の紋章が血のように赤く光った。


「液窒素噴射まであと30秒」彼女の瞳に走る数式の速度が速くなる。「生存率は7.2%です」


「そんな数値聞きたくない!」


完成した符咒が雷鳴を呼び起こす。空調ダクトが破裂し、青龍の如き竜巻が校庭を襲った。水泳大会用のプールが空に吸い上げられ、凍ったままの水着女子たちが流星のように降り注ぐ。


「風見暁――!」


天井が吹き飛んだ情報処理室から、麗華会長の鎖鬼腕が伸びてきた。霊脈を吸収する無数の針が暁の首筋を狙う。油圧ユニットの唸り声と、チップの脈動が不気味に同期する。


(これが『特別』の代償か......!)


「急急如律令、とか言うやつ!」


叫びながら放った符咒が鎖鬼腕を弾き飛ばす。校庭の噴水が竜巻に飲み込まれ、水の柱が天空で砕け散った。その中心で、暁の両目が陰陽の勾玉のように光り始めているのに誰も気づかない。



防空警報が夕焼け空を引き裂いた。赤く染まった月の下、氷像の影たちが蠢き始める。金髪の転校生エリアーナが水晶玉を転がしながら近づいてきた。


「あの......この詠唱間違ってるかしら?」


彼女が呪文を唱えるたびに時空が歪み、校舎の壁がデジタルノイズのように崩れていく。暁のチップが灼熱になり、視界に謎のメッセージが浮かぶ。


『307回目の輪廻へようこそ』


「307番様、覚悟は?」


露娜が突然微笑んだ瞬間、世界がグラフィック崩壊した。最後に耳にしたのは、遙か遠くで星野先生が「そう、その調子」と囁く声と、鎖鬼腕を握り締める麗華会長の悔しげな呼吸音だった──

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