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07


 帰路はたった半日の馬車の旅、通常なら何事もなく終わるはずが、御者がある異変に気づく。


「車輪に、細工が? 一体誰が、こんなことを」

「どうかされましたか」

「ああ。車輪に不備があってね。申し訳ないが、別の馬車を用意してもらいたい。聖女様の身に何かあったら、一大事だ」


 事前に馬車のメンテナンスをする習慣があったおかげで事故などは免れたが、気づかなければ横転して怪我をしていただろう。

 何とも言えない嫌な雰囲気を感じつつも、辺境地の御者は大事にしないように別の馬車に乗り換えて、ルイーゼとハンナを送り届けた。



 2週間に渡るアランツ王国での奉仕活動が終わり、ルイーゼは久しぶりに修道院のベッドで横になった。

「はぁ今日は疲れたわね。2週間分の疲れが一気に出た感じ。宮廷寄宿舎のベッドルームも良かったけど、私にはもうここでの暮らしが馴染んでいるわ」


(けど、別れ際にマリウス様からのキス。私はどうすれば良いの……)


 ランプの光が柔らかく、魔法書などを読むのにちょうど良い。けれど、今日は疲れてしまって、本を読む体力は無かった。正確には、マリウスのことで気が動転していたため、本を読む気がしなかった。


 現在使ってる簡素なパイン材のベッドだが、実家が寄付してくれた羽毛布団のおかげで季節を問わず快適だ。

 遠く離れてしまい二度と会えない約束の家族だが、もしこの辺境地がアランツ王国の領地になれば、家族と面会くらいは出来るかも知れないと少し希望が持てた。


「ルイーゼ嬢、いえここでは聖女セシリアでしたね。2週間に渡る奉仕活動、聖女のお勤め、お疲れ様でした」

「ハンナも付き添ってくれて、ありがとう。私一人じゃ、きっとすごく心細かったわ」

「ふふっ。もし、ルイーゼ嬢が貴族に復権したら、私は侍女として就職しようかな?」


 ハンナの例え話は、この修道院生活をそのうち終えることを前提としたものだった。アランツ王国の夜会に誘われて断ったも際にも、貴族としての復権を仄めかす声があったという。


「私なんかの侍女になったら、きっと苦労するわよ。なんせ、乙女ゲームの悪役令嬢ルイーゼらしいから」

「そういえば、よくコルネード王国の皆さんがお話ししてる乙女ゲームってどんなものなんですか」

「ええと、異世界から現れた聖女がいろんなタイプのイケメンと恋愛して、ゲームプレイヤーの好きな相手を自由に選べるそうよ。残念ながら、悪役令嬢ルイーゼはヒロインを虐める悪いお嬢様で、やがて追放されるらしいけど」


 乙女ゲームのシナリオ通りに現在の展開がなっているといえばそれまでだが、違う点もある。


「乙女ゲームの聖女ミカエラは、今の時点でもストーリー上は聖女として活躍をされてるのかな?」

「うーん。悪役令嬢ルイーゼを追放してすぐ、攻略対象の誰かしらと結婚して子供を産む設定らしいわよ。だから、ゲームだと身重のミカエラが悪役令嬢追放の2年後は、聖女として活躍する描写はないんじゃないかしら」


 実はまだ聖女ミカエラは婚姻しておらず、完全にはゲーム通りにはなっていなかった。


「その割にミカエラ様って、全然結婚しませんよね。王太子とダラダラ噂がある割に、他の男性ともダラダラお付き合いしてるとか」

「そうね。なんていうか、もうゲーム的には結婚していないといけない年齢は過ぎてるはずなのに、聖女活動にハマってずっと独身よね? 乙女ゲームのシナリオを自ら破ってる?」


 コルネード王国で最も乙女ゲームのシナリオに拘りを持ち、普及活動に勤しんでいたのはミカエラのはずだ。しかしながら、そのシナリオを破っているのもミカエラ自身、すでに悪役令嬢ルイーゼが追放されて2年経つ。

 シナリオ的には下手すれば、ミカエラはそろそろ子供が産まれていてもおかしくない時期に差し掛かっていた。



 * * *



 その夜、コルネード王国宮廷敷地内の聖女の館では、魔法力がほとんど消えてしまって焦るミカエラの叫び声が響いていた。


「なんで! 魔法力が尽きてる? どうしてなのよっ。最近、私が乙女ゲームのヒロインだっていう補正が効かなくなってるじゃない」

「落ち着いてください、ミカエラ様。ルイーゼ嬢が聖女を辞めれば、また元通りに戻りますよ」

「やっぱりルイーゼが原因なのっ。けど、ルイーゼはアランツ王国の夜会にも出なければ、私の来訪前に修道院へ戻ったそうよ。画面上、姿を被らせなくても存在だけで邪魔ってことかしら」


 おかしい、おかしい。

 と、ボツボツ呟くミカエラに呆れながらも、付き人のラッセルは例の乙女ゲーム攻略本を手に取ってパラパラと眺めた。


「学園卒業から2年後、ミカエラは待望の赤ちゃんに恵まれて大喜び。王太子ルートなら息子が生まれると息子も国王。結婚相手が王族でない場合は女の子を産んで王妃候補として育てれば、未来は安泰……。ふむ、どうやら乙女ゲームではすでにお子さんに恵まれる時期ですねぇ」

「はぁ? まさか、子どもを持つ時期が迫ってるのが原因ってわけ。私、まだ若いし全然遊び足りないのに、子供を持つなんて無理よ。子育てって大変なんでしょう。それに私、独身だし!」


 ミカエラの反応は、この異世界では珍しい内容のものだった。

 まず、上流貴族とせっかくご縁が持てたのに、本命を決めず未だに独身を貫くのは、自らのチャンスを捨てるようなもの。


(聖女補正でミカエラ様はこのポジションにいたが。やはり、庶民の子は王族入りは無理か。子育てが大変なんて、王族貴族は基本的に子育てに介入したくてもプロに任せるのが最善で、子育てしたくても直接させて貰えないのに。敢えて言うなら家存続のために邪魔にならないようにするのが、務めだろうか)


「アランツに潜伏してる暗部に依頼して馬車に細工したのに、しくじったみたいだし。ふん……けど、修道院に帰ったなら私の天下よね。こうなったら、私がルイーゼのいない隙にマリウス王子を奪ってやるわ!」


 まさか、コルネード王国に世話になってる身でそんなセリフを叫ぶとは、ラッセルは呆れてものが言えず代わりに大きなため息を吐いた。


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