表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね  作者: 星井ゆの花(星里有乃)
外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/27

05


 ある日を境に、アランツ王国の第二王太子マリウスは気が狂れたとの噂だった。

 彼は幻の令嬢を愛し、伝説の聖女に恋焦がれていると、囁かれていた。


「違うっ! ルイーゼも、セシリアも、存在している! 世界が彼女を忘却の彼方に置き去りにしたんだっ。なぜ、誰も気づかないっ?」


 気が狂れた王太子を憐れむものも多い。

 原因は婚約者のミエナが、何処の馬の骨とも分からない男の子を孕んだことだともっぱらの評判だ。


『アランツ王国のマリウス王太子、どうやら本当に頭がおかしくなってしまわれたそうで。やっぱり、聖女ミエナが原因かしらね』

『いきなり、誰が父親とも分からない子供を産んで婚約破棄。男としても王族としても、大恥をかかされたんだ……仕方ないよ』

『きっと、気高い公爵令嬢や伝説の聖女様のように、貞操観念の高い女性と結婚したかったんでしょうね』


 同情の声が多かったおかげで、彼は本当の意味では狂人扱いされずに済んでいた。トラウマが消えれば、また元の優しい王太子に戻ってくれると。裏切り者の婚約者ミエナへのほとぼりが覚めるまで、王宮関係者は優しく見守ることにした。


 それは、別の視点からすれば完全に普通の扱いを受けなくなってしまったとも言える。


 どちらにせよ、マリウス王太子は孤独だった。


 世界でただ一人だけ、公爵令嬢ルイーゼ・ルードリッヒに懸想していると思われていた。が、辺境地の修道院では彼女の存在を崇め、認めて、彼女こそが聖女セシリアであると信じて疑わない事をマリウス王太子が知ってしまう。


「ホラ! 僕は間違えていなかったっ。彼女を認めないこの世界が狂っているんだっ。狂人達が統べる世界では僕のルイーゼはさぞ息苦しかっただろう! 会いたい、会いたいっ。僕のルイーゼッ。君に会うためならば、パラレルワールドの境界線も越えて見せよう! そして、この魂が向こうの自分に吸い取られようと、一向に構わないっ」


 信仰と恋心を激しく混ぜ合わせた狂信的な情熱は、ついに彼を禁断の黒魔術に駆り立てた。


『アランツ王国のマリウス王太子、今度は禁書を手当たり次第集めているとか』

『例のご令嬢にどうしても会いたいそうだ。まぁ禁書と言っても、中身は古い魔法書さ……王太子様の好きにさせてあげよう』

『けど、万が一……災いが起きたら』


 古代遺跡の儀式部屋を模して、儀式の再現をしようと禁書の封印をいくつも解いてしまった。きっと、いつか災いが起こると不安視する者もいた。


『災いが起きるなら、聖女様が現れて救ってくれるさ。聖女様がいないなら、禁書も嘘だし災いも起こらないよ。現実なんて、そんなもんだ』

『まぁ逆説的に考えれば、そういうことになりますなぁ。禁書のチェックをする良い機会ですし、王太子様の権力でこの際、古い魔法書の研究でもしますかね』


 聖女を信仰しない者は禁書も信じないため、止めるものは少なかった。



 * * *



 地下の儀式部屋の蝋燭が、日に日に増えていく。その炎の数は魂の数とも言われていて、マリウス王太子が輪廻の分まで魂を使い切った証拠でもある。


「会いたい、会いたい、会いたい、会いたい……ルイーゼ、ルイーゼ、ルイーゼェエエエエエエッ」


 少し焦げた匂いと共に、蝋が溶けていく。

 ゆらめく炎は、マリウス王太子に応えるべく、熱く、静かに燃え続けた。まるで、マリウス王太子の心そのもの、火が灯るたびに同化が進んでいくようだ。静かなる炎の同化は、狂おしいほど美しく、禁書の内容を再現していった。


 地下の儀式部屋の床が、いよいよ立つ場所すら無くなってきた頃。突然、マリウス王太子を誰も見かけなくなった。


『公にできないだけで、やはりもう……』

『時折、どこかへ行こうと叫ばれていたとの噂ですし、亡命という可能性も』

『いやいや、継承第二位のお方を、おいそれと亡命なんて許さないだろう。だいぶ参っていたようだし、どこかで治療されているんじゃないか』


 噂ばかり広がるが、真実は闇の中。

 やがて、行方不明になったマリウス王太子のことは誰も話題に出そうともせず、噂話すら聞かなくなった。



 * * *



 大陸中の魔導師にアドバイスを貰っていたマリウス王太子だが、最後の相談相手はジプシーの占い師だった。


「パラレルワールドに行く方法をご存知と聞いたのですが、教えて頂けますか」

「ええ。とても簡単ですよ、鏡を見てください。目の前には何が映っていますか」

「見なくてもわかります、自分自身ですよ。まさか鏡を覗くだけで、鏡の向こうに行けるとでもおっしゃるのですか」


 ジプシーは不敵に微笑んで、話を続ける。


「まさか、パラレルワールドに行くには、この世界に貴方がいてはいけません。あちら側に飛ばなくては……こちらの肉体は捨てなくてはならない」

「肉体を捨てる……やはりそうか」


 知らない人がこの話だけ聞いたら、まるで自ら命を断つことを勧めるような内容に感じるだろう。だが、殆ど食事を摂らなくなったマリウス王太子は、遅かれ早かれ肉体を維持することは厳しくなる。


 ――つまり、その日が来たということだ。



 もう一つの世界では、ルイーゼとマリウスは結婚をしていて、全てと引き換えにしてもルイーゼを守り抜くとマリウスの心は強靭になっていた。


 ルイーゼのいなくなった世界のマリウスは、パラレルワールドの自分に嫉妬しつつも、彼の一部になることで自分がルイーゼと夫婦になれるなら悔いはないと……消える道を選んだ。


 その世界ではルイーゼの夫であるマリウス王太子は、パラレルワールドの自分を吸収することで、より魔力を高めていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ