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番外編、投稿開始しました!
これは、いくつかあるパラレルワールドの1つ。
悪役令嬢ルイーゼ•ルードリッヒが聖女セシリアとして救いのチカラに目覚めたものの、結局断罪されてしまった世界での物語。
* * *
聖女セシリア、ここに眠る。
とある修道院に流れ着いてきた彼女は、その世界では救世主だった。しかし、その墓の下は本物のセシリアは眠っていないらしい。
中身がカラの墓標。
シンプルにその名が刻まれた墓石の下は、遺骨や遺髪はおろか、何ひとつ聖女にまつわるものは埋められていないとされていた。おそらく、聖女セシリアは架空の存在で、辺境地に聖女降臨の希望を持たせるための偶像に過ぎないと。誰もが、そう考えていた。
荒野の風に晒されて、供えられた花はすぐに枯れてしまう。それでもなお、巡礼者が絶えない。
「嗚呼、尊きこの世の救世主セシリア様! 我が祖国コルネードをお救いください」
「大丈夫ですよ、聖地巡礼後はきっとセシリア様の不思議な守りがコルネードにも届くはずです」
墓標を管理する辺境の修道院は聖女セシリア伝説発祥の教会だ。そのため巡礼シーズンになると特別な案内係として、聖女伝説に詳しいシスターを現地に派遣している。
中身は何も無いと噂のいわゆる偶像崇拝的墓標であるが、信者の心の支えになれば、と管理は怠らないのだ。
「本当ですか? これで安心して眠れます。聖女ミカエラ様は、もう活動されていないし。聖女不在はいつ魔族が復活して襲うのではないかと、毎日が不安で……」
魔族の侵攻は収まり今は停戦状態だが、かつての恐怖を忘れられないコルネード国民の中には不安で眠れない者も多いという。
その証拠に、コルネードからやってきた巡礼者の男性の目の下には濃いクマ、顔色も青く、本来ならば療養した方が良さそうな風貌だった。
もし、精神的な不安が原因でそのような体調なのであれば、巡礼することで次第と回復するだろう。
優しく諭すように、派遣された修道女の一人あるシスターハンナが、聖女不在の理由を述べていく。
「聖女様は必要な時に必要な場所に現れるそうです。きっと、今は我々の暮らしには直接必要ないのでしょう」
「もし不安な時は、近所の教会で悪魔よけの祝別を受けてください。パンフレットをお渡ししておきますね」
夕刻が過ぎて、聖女セシリアの墓標の入り口には鍵がかけられた。
「やはり、この世界の聖女様は引退したミカエラ様だけなのね。私の記憶では確かにセシリア様はいたはずなのに、いつの間にか存在しないことになっていたわ。どうして……」
ポツリと呟いたシスターハンナは、かつて聖女伝説を信じて修道院入りしている。
枯れてしまった花を片付けて、まだ生気のある新しい花だけを残す。辺鄙な場所で水は貴重だが、幸い不思議と減らない井戸が近くにあり、巡礼地や墓標の管理は順調だった。
信仰という水が足りずに乾いているのは、大地ではなく、シスターハンナ自身なのだろう。
「落ち込まないで、シスターハンナ。もうすぐ、本当に日が暮れて夜になってしまう。そろそろ戻りましょう」
「ええ。感傷的になってごめんなさい」
本日の巡礼受付は終了し、派遣された数人の修道女は管理用の小さな教会で、ひと息ついた。
「みんな、お疲れ様でした! やはり、聖女セシリア様ゆかりの本家修道院の方が案内してくださると巡礼者も安心感が違うでしょう」
「いえ。我々は、本当にマニュアル通りに案内しているだけで。こうして毎日現地で墓守してくださる皆さまの方が貢献してますよ」
現地の墓守がカモミールハーブティーを淹れてくれて、仕事の疲れが取れていく。
しかしながら、架空の存在を崇める行為に嫌気がさしている修道女も数名いる。
「私、聖女セシリア様をずっと前に知っていた気がして。けれど、気がつけば夢のような架空の存在になっていて。修道女は現実と虚構の区別がつかなくなるというけれど。私はもうダメなのかしら」
「けど、伝承ではパラレルワールドが存在するらしいし、何処かに聖女セシリア様がいた世界線が存在するかも知れないわ」
「だから、それを空想の世界と人は呼ぶのよ。長く修道院にいると夢ばかり見てしまう。きっと、シスターハンナも、聖女信仰発祥の教会のせいで、夢と空想の判別がつかなくなってきて……」
普段、争いを好まないのが基本のはずの修道女だが、時折自分達の閉鎖的環境を責めるように苛立つ者もいた。
「ごめんなさい、この話はもう辞めにしましょう」
喧嘩寸前のところで、シスターハンナは現地で働く修道女に謝罪した。
みんなで一緒に食事をするのは今夜は無理で、シスターハンナは余物のパンと薄いスープだけ受け取って、与えられた3畳半の物置部屋で食事を済ませた。
物置部屋の古いベッドで横になる。
目が覚めたら、隣のベッドには聖女セシリアがいて、一緒にギルドクエストに挑戦する夢を幾度も見ていた。けれど、現実は修道院と巡礼墓地を往復する日々。
聖女セシリアと呼ばれる『彼女』は存在そのものが曖昧で、即ち空想の産物、夢か微睡のような女性だと噂される。
シスターハンナも夢を夢と信じられずに、彷徨う子羊の一人に過ぎないのだろうか。
コンコンコン!
物置部屋の簡素なドアがノックされる。墓守の女性がフルーツコンポートの差し入れを持ってきてくれたのだ。
「えぇと、ごめんなさい。こんな贅沢なフルーツ、貰ってしまって」
「いいの、アタシの奢りさ。それに聖女セシリアがいた気がするのは、アンタだけじゃないって教えたくてさ」
「貴女も……架空の記憶を?」
無言で頷いた墓守の女性は、聖女セシリアのプロフィールを淡々と語り始める。
「聖女セシリア、その彼女のもう一つの名前は、ルイーゼ・ルードリッヒ。誰もが羨む美貌と才覚を持つ彼女のその異名は『乙女ゲームの悪役令嬢』二つの顔を持つ女性」
「ルイーゼ様、何故だろう。彼女が、彼女こそが私の女主人……」
シスターハンナは聖女セシリアの本名ルイーゼの名を聴くと、自然と涙を零していた。溢れる想いは、もはや空想の産物とは言いがたいものだ。
「修道女エンドの悪役令嬢が実は真の聖女でした……。夢物語だとしても、聖女セシリアことルイーゼ・ルードリッヒについて調べてみる価値があると思わない?」
そして、不敵に微笑む墓守の女性は夢の中のギルドで苦楽を共にした『戦友カナリヤ』であることに、ようやく気づくのであった。




