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アランツ王国じゅうに、祝福の花吹雪が舞う。
未だ魔族との戦いが続く中、アランツ王国では久しぶりに祝い事があった。第二王子マリウス・ラース・アランツが、公爵令嬢ルイーゼ・ルードリッヒと婚姻したのである。
パレードの馬車は屋根のないオープンなもので、花嫁の白いベール越しに美しい髪が見え隠れする。
「はぁルイーゼ様は、本当にお美しい! けれど、ルイーゼ様の不思議な髪の色はなんて呼んだらいいんだろう」
「さっきはピンク色に見えたけど、最初は亜麻色に見えたわよね。光線の加減かしら」
「式の前にお見かけしたって人の話じゃ、赤毛なんじゃないかとも言ってたよ。まぁなんにせよ、綺麗なことには変わらないさ」
ルイーゼ嬢の髪は、亜麻色ともダークピンクとも、はたまた赤毛ともつかない不思議な髪色だ。運命論者は時に髪色で運命を占うらしいが、ルイーゼ嬢は幾つかの運命を併せ持って生まれたと言えるだろう。
亜麻色の髪は、幸せな女性になる運命。
ピンク髪は、聖女として神に使える。
赤毛は災厄の魔女になるとされ、貴族の娘は時折『悪役令嬢』などの渾名をつけられる。
これらの運命は交差しないように思えるが、ルイーゼ嬢はこれらの運命を全て包括していた。
* * *
湯浴みを済ませ頬を赤らめながらベッドの中で待つルイーゼを、マリウスは繊細な硝子細工を扱うようにそっと触れた。
「初恋の人と結ばれる日が来るなんて、夢のようだ」
そう呟いてはじまった新婚初夜は、最初は穏やかに遠慮しながら。次第に感情を抑えきれず、激しく過ぎていった。
手を繋ぎ、身も心も結ばれた二人は、今宵夫婦になった。それぞれ違う人と婚約していたすれ違いの恋が成就したのである。
夫婦のコミュニケーションは身体を重ねるだけではなく、会話の積み重ねも重要だ。
マリウスとルイーゼは、柔らかいランプの灯りを頼りに何気ない会話をゆったり愉しんでいた。
「マリウスの髪は、何ものにも染まらない黒。曖昧な私と違って、羨ましいわ」
「そうかな? きっとキミの事でいっぱいだから、もうこの色にしか染まらないのさ」
自分を先程まで激しく抱きしめていた夫の、サラサラとした黒い髪をもて遊ぶ。くすぐったいのかマリウスは、低く枯れた声で笑った。
マリウスの言葉には、懺悔が含まれていたがルイーゼは気づかなかった。
* * *
ある日の悪夢、初恋の人ルイーゼ嬢がコルネード王国にて処刑された。
別の日の悪夢、運良く修道院に引き取ってもらったルイーゼ嬢が、次は賊に殺された。
まだ見ぬはずの白昼夢。
いとしのルイーゼ嬢は、災厄の魔女だと火炙りの刑に処せられた。
「なぜだっなぜだっ! どうして僕のルイーゼが、こんな酷い目にばかり遭わなくてはいけないんだっっ!」
マリウスは神を呪い、この世界の秘密を探った。禁書には、おそろしい啓示が刻まれていた。
『この異世界は、乙女ゲームのシナリオには逆らえない。全ては神の計画通りに』
しかし、マリウスは諦めなかった。
召喚魔法を駆使して、乙女ゲームのシナリオを書いている神々にコンタクトを取る。
地球は随分と遠い場所だが、夢枕に立つくらいは出来た。
「悪役令嬢ルイーゼを、聖女に。きっと、彼女を愛する人々はそれを望んでいる」
神々は、すぐには首を縦に振らなかった。
聖女になるための『設定』を大幅に覆さなくてはいけないからだ。
しかし、マリウスの懇願が届いたのか、神々は次回作のシナリオ会議の席でルイーゼを主人公にするために設定改編をしようと話し合う。
「初代悪役令嬢ルイーゼは美人で人気があるし次の主人公にしたいけど。彼女の髪の色、亜麻色なんだよね」
「けど、カシスピンクとか赤茶色とかの髪色もあるだろう? 見ようによっては、ルイーゼの髪色は光の加減でその辺りの色にも見えないかな」
「別に主人公にするからと言って、聖女に拘らなくても良いと思うけどな。災厄の魔女で断罪されるルートもあったし。ミステリアスに赤毛とピンク髪の両方の可能性を持たせたい」
神々の会議から数ヶ月後、新作乙女ゲームが完成した。元からいるキャラクターが大半であったため、制作時間が大幅に削減されたのだ。
召喚魔法で地球とやり取りしていたマリウスは、新しいシナリオではルイーゼ嬢が死なずに済むと知って心からの涙を流した。
新しいシナリオ導入のため、一つだけ問題があった。
マリウスの住む世界では、既にルイーゼ嬢は亡くなっているということだ。
新たな乙女ゲームとリンクしてやがて生まれる世界線でしか、ルイーゼ嬢は救われない。
「どうすれば良い? 僕がルイーゼと再び出会うには、どうしたら良いっ」
「破壊の熾天使を、アランツ王国が引き受けてくれるなら」
藁にもすがる思いでマリウスは、邪教の門を叩いた。ルイーゼ嬢がいる世界線を作るために、交換条件としてアランツ王国に破壊の熾天使を降臨させることになる。
気がつくと、マリウスの時は何年か遡っていた。聖女と推定される形式上の婚約者ミエナが、誰の子ともつかない子を妊娠したと知らされる。
『私ね、聖霊によって身籠ったの。けど、誰も信じてくれなかった』
国はミエナから聖女の身分を一旦剥奪した。が、生まれた子供は人間の子ではなく、第三の目を持つ白髪の熾天使だった。
破壊の熾天使が将来この世界を滅ぼす可能性があると邪教からも聴かされていたが、マリウスにとっての滅びはルイーゼ嬢の死のみ。
マリウス王子は、アランツ王国そのものを破壊の熾天使に捧げることで、愛する女性ルイーゼとの限られた時間を過ごすと決めたのだ。
今は、乙女ゲームのエンディング後。
ルイーゼはマリウスと婚姻後も、聖女として修道院ギルドのクエストに時々参加している。
今のギルド職業はグラディエーターだが、やがて剣聖の肩書を得るらしい。
「聖女にして剣聖、なかなかカッコ良いじゃないか」
「ふふ。マリウスにもそう言ってもらえると、頑張り甲斐があるわ」
優しく微笑むルイーゼは、今はマリウスだけの聖女だ。残念ながら、アランツ王国には破壊の熾天使に対抗する術は無い。
やがて滅びるこの国で、それでもどうにかして愛しいルイーゼの笑顔を守りたい。
マリウスは『次は悪魔と契約するか』と、心の中で呟いて、妻を独占するべく甘美な唇に口付けた。
2025年2月1日、本編完結しました。予定より少し文字数多めです。番外編や後日談など、また改めて投稿出来たらと思います。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました!