02
コルネード王国が魔族の集団から夜襲を受けたのは、ルイーゼ追放から2年経ったある日のこと。
「大変です! 魔族からの襲撃で、百年以上続いていた防御壁魔法が破られました。何か、対策を」
「焦るな、我が国には聖女ミカエラがいるではないか。防御壁魔法は確か聖女の祈りで発動するはず、ミカエラを呼んで、祈りを捧げさせよう」
長い眠りから目覚めた魔族は、まずは外敵を叩こうと聖女伝説が根付くコルネード王国をターゲットに選んだ。
まさかの夜襲に騎士団長も動揺したが、バッカス王太子は聖女ミカエラを信仰していて、魔族の襲撃も余裕だと踏んでいた。
現在魔族が拠点とする森と道が続いているのは、城の場所から見て東北方位にある城壁だった。これまでは、先代聖女が作った防御壁魔法のおかげで平和に暮らせていたが、期限切れが来たのだろう。
「では、私が聖女のチカラで先代が築き上げた防御壁をもう一度作りましょう」
伝統衣装である聖女のワンピースを纏い、優しく微笑むミカエラは誰がどう見ても聖女だったが、彼女が祈っても防御壁魔法は復活しなかった。
「なぜだ……ミカエラは、我が国の聖女のはず。我が国には聖女が現れると予言にもあったし、御伽話と同じくミカエラはピンク色の髪の毛で異世界より現れた特別な存在だ」
「きっとどこかに魔族の差し金が隠れて妨害しているのです! 今日は仕方がないから、一般の魔法使い達に防御壁の代わりになるようなガード魔法をかけさせましょう」
焦る王太子に、王宮お抱えの魔法使いが別の案を出した。聖女の祈りに比べると格落ちする魔法であるが、何も対策しないよりはずっとマシである。
後日、追放されたルイーゼが暮らす辺境の地にも魔族の襲撃がやってきた。誰もが辺境地は滅ぶと絶望したが、ある修道女の祈りによって聖女の防御壁が土地全体を覆い、難を免れたという。
修道女の洗礼名は、セシリア。
セシリアは聖女の生まれ変わりだろうと王都の人々も期待した。
だが、遠隔魔法会話によって辺境地の神父に聖女派遣を頼むと、あっさり断られてしまったのだ。
「どういうことだ。聖女セシリアが我が国に来てくれたら、聖女の魔法によって人々は平和に暮らせるのに」
「しかし、セシリアを追放されたのは貴方ではないですか、バッカス王太子。コルネード王国地母神の名を介してセシリアは二度と土地を踏まないようにと……」
残念ながらセシリアは、王都からは一度追放された身のため訪れることが出来ないという。それだけ、一度交わされた王族との契約は絶対なのだ。
「まさか、聖女セシリアの正体は……」
「お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……」
遠隔会話魔法で久しぶりに見るルイーゼは、修道服を着て地味な暮らしぶりのはずなのに、以前よりも内面からの輝きに満ちていた。
ルイーゼの天使のような微笑みを最後に、遠隔会話魔法は切断された。
* * *
「聖女セシリア、いや今はルイーゼ嬢とお呼びするべきか。このあと行われる話し合いにもご参加頂けるかな? 貴女のチカラが今後各地で必要となる」
「もちろんですわ。私なんかで出来ることがあるのなら」
遠隔会話魔法が切れたのち、修道院の上層部で改めて話し合いが行われた。大陸の地図を広げて、派遣出来そうな土地をピックアップしていく。
「しかし、因縁とは恐ろしいものですな。まさか、自らが婚約を破棄して追放したご令嬢こそが真の聖女だったとは」
「神父様、我々の務めには聖女の管理も含まれています。コルネード王国は、未だに聖女の防御壁魔法がかかっていない状態。いずれ聖女派遣の話も再び浮上するでしょう?」
「しかし、聖女セシリアことルイーゼ嬢が追放の際に交わした土地を踏んではいけない契約は、その国の地母神との契約でもある。この契約を破棄してしまうと聖女のチカラが失われることも懸念されます。これも運命……」
残酷なことに、ルイーゼが聖女としてチカラを発揮出来るのは、コルネード王国の外のみとなってしまう。流石の聖女も地母神との契約違反をしてしまうと、最大限の祈りを届けることが出来ないからだ。
「聖女伝説発祥地のコルネード王国が、まさかの聖女不在になろうとは」
「あの国には、国家が認めた聖女ミカエラがいますし、其方を信じてお任せするのが良いでしょう」
ルイーゼのひと言に、その場の神父達は皆凍りついた。聖女ミカエラが原因でルイーゼは地位も名誉も剥奪されたのだ。それ以上何も言わないのが良いだろうと、話し合いは打ち切られて聖女派遣の準備にかかるのだった。
会議のデスクには、ルイーゼに渡されず保留となった手紙が残っていた。
『アランツ王国としてだけでなく、第二王子マリウス個人としても大切な旧友であるルイーゼ嬢に是非お会いしたい。もし、神がお許しになるのなら、修道院から連れ出したいと考えている。彼女が終生修道女の誓いをする前に、ご検討願えれば……』